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第112話 月の決意

 そして翌日、10月5日(日曜日)

 祐希の両親と(あかり)が札幌へ帰る日が来た。


「じゃあな。祐希、しっかり治すんだぞ。

 明日奈さんたちに、あまり迷惑かけるなよ」


「分かってるよ。父さんたちも気をつけて」


 別れの挨拶を済ませ、幸希が荷物を持った。


「よし、それじゃあ行くぞ、(あかり)


「…………」


 しかし、(あかり)は動かない。

 パイプ椅子に座り込み、腕組みをして、てこでも動かないというオーラを出している。


「おい、(あかり)

 飛行機の時間があるんだぞ」


「私、帰らないから……」


「は? 何を言ってるんだ。明日から学校があるじゃないか。

 出席日数が足りなくて、卒業できなくなっても知らないぞ!」


「今朝電話して、担任の先生に相談したの……

 兄が重傷を負って両親が仕事で看病できないから、私が看病するしかないって……

 そしたら1ヶ月くらいなら休んでも大丈夫だし、公休扱いにするから調査書には響かないって……

 だから退院まで私が看病する!」


 (あかり)の言葉に両親は困惑して顔を見合わせた。


「そうは言っても、ホテル代だってばかにならないし、未成年のお前を1人で残すわけにいかないんだ……」


「私、ホテルなんか泊まらないよ!

 明日奈さんのシェアハウスに泊めてもらうから!

 今、お兄ちゃんの部屋、空いてるでしょ?

 そこに寝泊まりして、毎日病院に通うの!」


 その言葉に、明日奈が目を丸くした。


「えっ? シェアハウスに?」


「うん! 明日奈さん、いいでしょ?

 私、掃除も洗濯もするし、お兄ちゃんの看病もサボらないから! ね、お願い!」


 (あかり)は明日奈に向かって必死に懇願した。

 その瞳は真剣そのものだった。

 兄を想う一途な気持ちに偽りはない。


 幸希と祐子は困りきった顔をしたが、明日奈は少し考えて、優しく微笑んだ。


(あかり)ちゃんが、祐希くんの身の回りの世話をしてくれるなら、私も助かります。

 シェアハウスの部屋を使うのもOKよ。

 ……でも(あかり)ちゃん、1つ条件があるわ」


 明日奈は真顔で(あかり)に言った。


「学校の課題を必ず毎日やること。

 私が進捗をチェックしてお義父さんに定期的に報告します。

 約束できる?


「……っ、やります! 約束するから!」


「……お義父さん、お義母さん。

 私からもお願いします。

 (あかり)ちゃんを預からせてください」


「明日奈さん……」


(あかり)ちゃんの言う通り、祐希くんの部屋が空いているし、シェアハウスにはみんなもいますから、私が責任を持ってお預かりします」


 明日奈がそこまで言ってくれるのなら、と両親も折れた。


「……ありがとう、明日奈さん。

 どうか(あかり)をよろしくお願いします」


「やったぁ~!」


 (あかり)はガッツポーズで喜びを表した。


 こうして、(あかり)がシェアハウスの祐希の部屋を拠点に、病院へ通う生活が始まった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 祐希は11月末まで大学を休むこととなった。

 大学側は、身を賭して2人の女子学生を守った彼の勇気ある行動を高く評価し、オンラインでの受講を認める決断を下した。

 オンデマンド配信やGoogle Meetでの参加を出席扱いとし、レポート提出で単位を認めるという特例措置だ。

 勉強の遅れを心配していた祐希にとって、オンラインで講義を受けられるのは大きな救いだった。


「お兄ちゃん、もうすぐ授業始まるよ。

 パソコン立ち上げるの、手伝おうか?」


「ありがとう、(あかり)、頼むよ」


 ノートPCの起動に苦戦していた祐希を見かねて、(あかり)が救いの手を差し伸べた。


 一方、軽度のPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されたさくらは、10月一杯大学を休み、様子を見ることとなった。

 ボディガードの祐希が不在の今、さくらは「ここが一番安らげる」と、1日の大半を祐希の(そば)で過ごし、片時も離れようとしなかった。


 そこへ、朝8時に(あかり)がやってくる。

 彼女は夜8時まで、さくらと共に甲斐甲斐しく兄の看護を行っている。


 沙織は、事件直後はかなりのショックを受けていたが、持ち前の明るさと精神力で祐希が目覚めてからは、元の明るさを取り戻し、普段通りの生活を送っていた。

 平日は、いつも通りに大学へ行き、夕方からはカフェ・バレンシアで祐希の替わりにドリンクカウンターを担当している。


 そして沙織、さくら、明日亜、未来(みく)が泊まり込みで看護する「宿直当番」はまだ続いていた。

 また事件後まだ日が浅いことから、万が一のことを考え、明日奈が車で彼女たち4人の送迎を行っている。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 10月中旬のある土曜日、病室には、明日奈とさくら、沙織、そして(あかり)の4人が残っていた。

 お待ちかねの夕食タイムだ。


 配膳された病院食を前に、祐希は困った顔をしていた。

 左手はギプスで固定され、右手には点滴のルートが確保されているため、箸を使うのが難しい。


「あのさ、スプーン借りて自分で……」


「ダメです!」


 3人の少女の声が重なった。


「お兄ちゃんは安静にしてなきゃダメ! 私が食べさせてあげる!」


 (あかり)がスプーンを持った。


「い、いいえ、私がやります!」


 さくらも負けじと前に出る。


「先輩、ここは私に任せて……」


 沙織も譲らない。


「ええと……じゃあ、順番で……」


 結局、祐希の提案でローテーションが組まれた。


 (あかり)が「はい、あーん!」と無邪気に運び、さくらが「あ、あーん……」と顔を真っ赤にして口に運び、沙織が「はい、先輩、あーん」と冷静に口に運ぶ。


 その様子を明日奈は、半分呆れながら見ていた。


 「あらあら、祐希くん、お熱いこと……」


 祐希は食事の味より恥ずかしさが先で、困惑していた。


「……ごちそうさまでした」


 空になった食器を見て、3人の少女は満足そうに微笑んだ。

 窓の外には、秋の夜空が広がっていた。

 退院まで、あと2週間あまり。

 この甘く温かい入院生活は、もう少しだけ続きそうだ。

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