第110話 女傑刑事
10月3日(金曜日)
柏琳台交番から祐希とさくら、沙織の3人に被害者聴取をお願いしたいと事前に打診があった。
午後4時、祐希の病室を訪れたのは、すっかり顔なじみとなった倉橋巡査部長(27歳)と、彼を従者の如く従えた、見目麗しき美人捜査官だった。
「私は、星ヶ丘警察署刑事課強行犯捜査係、警部補の一ノ瀬杏奈と申します。
本日は、入院加療中にもかかわらず、捜査にご協力いただき、ありがとうございます」
一ノ瀬警部補は、ド派手な真紅のスーツに身を包み、謎めいた『できる人オーラ』を纏いながら、その印象とは正反対の柔らかな物腰で祐希たちに礼儀正しく挨拶した。
刑事が来ると聞いていた祐希とさくら、沙織の3人は、脂ぎった中年オヤジを想像していたので、そのあまりのギャップに戸惑いを隠せなかった。
「あっ、あなたが、篠宮祐希さんですね。
4人の男を相手に1人で女性2人を守る……並大抵の覚悟じゃできることじゃないです。
その話を聞いた時から、どんな男性なのか、ずっと気になって仕方がなかったのですよ。
いや~、いざお会いしてみたら、ビックリするほどのイケメンじゃないですか……
しかも星城大学の将来有望な学生さんで、それにその若さで空手2段ですか……とても素晴らしい」
「は、はぁ、恐れ入ります……」
「篠宮祐希さん、あなたの勇敢さに、私は本当に感動しました。
……正直に言って、祐希さん、あなたはもろ私のタイプです。
私がもう少し若ければ、絶対アプローチしていたと思います」
一ノ瀬は、照れもせず祐希の顔をまじまじと見ながらそう言い放った。
その言葉に、さくらと沙織がムッとした表情を浮かべた。
微妙な空気の変化を感じ取り、倉橋がすかさず割って入った。
「一ノ瀬警部補、公私混同はおやめください」
「倉橋、これは緊張を解すための高度な心理的アプローチだ、口出しするな!」
「はい、申し訳ありません」
祐希が、そのやり取りに呆気に取られていると、一ノ瀬はさくらに向き直った。
「あなたが早乙女さくらさんですね。
ひと目見ただけで、すぐに分かりました。
さすがは『聖女の天使』と言われるだけあって、清楚で可憐で可愛くて美人……
絹のようなサラサラの黒髪、きめ細かな肌、スタイルもいいし、まるでお人形さんみたい……
あなたにはパーフェクトという言葉がぴったりですね。男性が放っておかないのも分かります」
一ノ瀬は、さくらの美しさをまくし立てた。
さくらは、その速射口撃にポカンと口を開け、ただうなずくしか出来なかった。
その対象は次に沙織へと移った。
「あなたが倉科沙織さんですね。
小顔で目鼻立ちもハッキリしていて、肌もハリがあって綺麗……
それにモデル顔負けのスタイルだし、都会的な華があって、惚れ惚れするほど凛々しいわ。
さくらさんが秋田美人だとすると、沙織さんは京美人といった感じかしら……」
2人の経歴を調べたのか、それとも当てずっぽうなのか、一ノ瀬は2人の出身地をピタリと言い当てた。
一ノ瀬警部補は、倉橋と同じ20代後半に見える若々しい美貌を持った女性捜査官だ。
あとで倉橋が教えてくれたが、彼女は倉橋よりも3つ年上の30歳だという。
そして何より、病院にはおよそ不釣り合いな、鮮やかな真紅のパンツスーツを完璧に着こなす見事なプロポーション。
彼女こそ、かつて警視庁で「丸防の鬼」と呼ばれた茜ママこと権堂京太郎の直属の部下であり、倉橋の先輩にあたる優秀な捜査官、一ノ瀬杏奈警部補(別名:女傑刑事)だった。
そのあだ名の由来は、卓越した語彙力とコミュニケーション能力、英語と中国語をネイティブレベルで操り、柔道3段・剣道4段・合気道5段・書道6段の合計18段の実力に加え、現場リーダーとして数々の事件を解決した彼女の手腕から来ている。
28歳の若さで警部補に昇進したというのも頷けると倉橋が後日祐希に教えてくれた。
そして、一ノ瀬は、3人の緊張が解れたのを見届けると、祐希の方へ向き直った。
「さて、それでは本題に入りましょう」
一ノ瀬の瞳が鋭く光り、厳しい捜査官の顔に替わった。
聴取は、決められた手順に従い、効率よく迅速に進められた。
現場の証拠に基づき、襲撃の凄惨な事実が淡々と確認されていった。
公園前の道路上で4人に包囲され、最初に眼鏡をかけた肥満の男が振るった分銅付きチェーンから背後の2人を庇うため、祐希が左腕を盾にして受け止めたこと。
その防御で生じた隙を突かれ、金髪の男にナイフで左脇腹を刺されたこと。
さらに、ロン毛の男のスタン警棒から頭部を守ろうとして左腕で受け、骨折したこと。
最後に、スキンヘッドの男にメリケンサックで殴打されながらも、警察が到着するまで4人の男を1人で食い止め続けた事実は、もはや肉体的な限界を超えた超人的な奮闘として記録された。
一通り確認を終えると、一ノ瀬は加害者たちの歪んだ動機について説明し始めた。
確保された4人組――スキンヘッド、ロン毛、眼鏡をかけた肥満の男、そして金髪の男は、やはりさくらの熱狂的なストーカー集団だった。
彼らはSNSの裏アカウントで繋がり、さくらを「聖女の天使」と崇め、一方的に好意を募らせていたという。
「……彼らの身勝手な論理には、我々も驚かされました。
彼らは本気で、『悪い男が天使さまを騙し、たぶらかしている。
自分たちがその男(=祐希)を排除して、天使さまを救い出さなければならない』と思い込んでいたようです」
それを聞いた祐希は愕然とした。
あの殺意に満ちた襲撃の正体が、歪んだ「救済」という名の妄想だったという事実に、背筋が凍るのを感じた。
「そうです。彼らは完全な妄想に取り憑かれていました。
自分たちが犯罪を犯しているという認識さえ希薄だった。
篠宮さんを排除すれば『聖女の天使』が自分たちに感謝すると、本気で信じて疑わなかったようです」
「事実確認は、以上です。
ご協力ありがとうございました」
一ノ瀬は丁寧に一礼すると、倉橋と共に部屋を後にした。
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