第11話 ボディガード
午後3時半、さくらが姿を現した。
「お待たせしました」
「いや、僕も今来たばかりだから…」
祐希とさくらは、聖女の校門前で待ち合わせてカフェ・バレンシアへ向かった。
カフェ・バレンシアは、2階建ての洋館風の建物で尖塔の風見鶏が目印だ。
1階がカフェ、2階がオーナー夫妻の住居となっている。
お洒落な外観と絶品スイーツが有名で地元では知らない人がいないほどの名店だ。
店内はジャズピアノの曲が流れる落ち着いた雰囲気で、見るからに居心地の良さそうなカフェだ。
祐希は、さくらをカウンターの一番奥の席に案内した。
「予約席になってるけど、ここ空いてるから座ってて」
そう言うと奥へ着替えに行った。
しばらくして戻ってきた祐希は、白のYシャツにワインレッドのネクタイ、黒のベストと茶色のソムリエエプロンという装いでとても凛々しく見えた。
「ご注文は?」
「え~と、じゃあカフェラテをお願いします」
「かしこまりました」
さくらが祐希の仕事ぶりを見ながら待っていると、目の前に細かな装飾が施された白磁のカップが置かれた。
「お待たせしました。カフェ・バレンシア特製のカフェラテでございます」
それは見事な猫のラテアートが描かれたカフェラテであった。
「うわ~、猫ちゃんだ~、かわいい~…
え、もしかしてこれ祐希さんが描いたんですか」
「もちろん…、これ僕の得意技なんだ」
「すごくリアルで、それに可愛いです」
さくらは目を細め、祐希の見事なラテアートに見とれた。
「自慢じゃないけど、僕、ラテアートの資格持ってるんだ」
祐希はラテアート・クラスBの資格を取得したばかりだった。
「え~、ホントですか、凄いですね…」
祐希の意外な一面を知り、さくらは感心した。
「それじゃ、あとはごゆっくり」
祐希は仕事モードに入り、注文を次々とさばいていった。
さくらは、読みかけの小説のページをゆっくりとめくりながら、時折、目の端に映る祐希の働きぶりを見ていた。
それから間もなく店は満席となった。
学校帰りの学生が立ち寄り、友達とおしゃべりしたり、早めの夕食を取ったりするのだ。
厨房もドリンクカウンターも大忙しだ。
店の客の7割以上は女子学生で、カウンターに座る女子の視線の先には、祐希がいることを、さくらは見逃さなかった。
(祐希さんって、女子に人気あるのかな…)
その頃、バックヤードに食材を取りに来た祐希を捕まえて美里ママが聞いた。
「ねえねえ祐希くん、一緒に来たあの可愛い子、祐希くんの彼女?」
「えっ、違いますよ。
同じシェアハウスの住人です」
祐希は、ストーカー被害に遭ったさくらのボディガードを義姉から任命されたと説明した。
「ふ~ん、そうなんだ…それにしても可愛い子ねぇ、まるで地上に舞い降りた天使みたいじゃない」
「僕も最初に会った時は、そう思いました」
「ふ~ん、じゃあボディガードしてる今がお近づきになれるチャンスね」
「えっ、そんなこと考えてないですよ」
「んも~、祐希くんたら、真面目なんだからぁ…」
そうこうしているうちに閉店時刻の8時を迎えた。
「それじゃ上がりますね~」
祐希が着替えている間に美里ママが紙袋に入った何かをさくらに差し出した。
「あなた、さくらさんっていうのね」
美里ママがさくらに声を掛けた。
「あ、ご挨拶が遅れました。
祐希さんと同じシェアハウスに住んでいる早乙女さくらと申します」
「あらあら、ご丁寧に挨拶ありがとう」
「これから、ほぼ毎日お邪魔すると思いますが、どうぞ宜しくお願いします」
「祐希くんから事情は聞いたわ、遠慮しないでゆっくりしていってね」
「あ、ありがとうございます」
「これ店の余り物で作った賄いなんだけど、もし良かったら祐希くんと一緒に食べてくれない?」
「え、いいんですか?
カフェラテ一杯で長居したのに、かえって申し訳ないです」
「いいのいいの、家族だけじゃ食べ切れないから、もらってくれれば助かるわ~」
「ありがとうございます。
昨日いただいた苺ショート、とても美味しかったです」
「あら、気に入ってもらえて嬉しいわ」
「せっかくなので、これ遠慮なくいただきます」
さくらは深々と頭を下げ、紙袋を受け取った。
その時着替え終わった祐希がやって来た。
「美里ママ、それって今日の賄いですか?」
「そうそう、さくらさんの分もあるから、一緒に食べてね」
「いつもいつもすみません。
では遠慮なく頂いていきますね」
祐希とさくらはシェアハウスへ帰って行った。
テーブルを拭きながら、そのやりとりを聞いていた結が不機嫌そうに言った。
「ママ、あの人って祐兄とどういう関係?」
「同じシェアハウスの人ですって。
あの子、ストーカーに付け回されてるから、しばらくの間大学の送り迎え、祐希くんがボディガードするように管理人さんから頼まれたんだって」
「へ~、そうなんだ。
確かに、あんなに可愛かったら、ストーカーも放っておかないよね。
てっきり、祐兄に彼女ができたかと思ったわ…」
結は、安堵の溜息を吐いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
祐希とさくらは、星ヶ丘から電車に乗り柏琳台で降りた。
柏琳台駅前には、居酒屋やカラオケ、スナックなど、ちょっとした繁華街が軒を並べており、平日にもかかわらず賑わいを見せていた。
駅前の繁華街を抜けると急に寂しい路地になる。
一定間隔で古い街灯はあるものの、間隔が長いので、女性が一人で歩くには少し暗いかもしれない。
二人は辺りを警戒しながら、シェアハウスへの道を急いだ。
祐希は目が良い方だが、ストーカーが暗がりに紛れて潜んでいると、さすがに発見は難しい。
駅からシェアハウスまでの距離は約700m。
途中には小さな公園とコンビニがある。
祐希とさくらは、付かず離れずの距離を保ちながら帰り道を急いだ。
「この道、女性が一人で歩くには少し暗すぎるかもね…」
「そうなんです。
街灯、もう少し増やしてほしいけど…なかなか難しいですよね」
曲がり角や脇道にストーカーが潜んでいても分からないほど暗いと祐希は思った。
2人が公園の入口に差し掛かった。その時だった。
植え込みから、急に何かが飛び出してきた。
「危ない!」
祐希は考えるより先に、さくらの腕を引いて自分の方へ引き寄せ、彼女の前に立ち身構えた。
「きゃっ!」
さくらは小さな悲鳴をあげ、驚きと恐怖で祐希の背中にしがみついた。
植え込みから姿を現したのは、一匹の大きな野良猫だった。
「にゃ~ん」と一声鳴いて、猫は悠然と闇へ消え去った。
「なんだ、猫か…」
「猫、でしたね…」
さくらは祐希の背中にしがみついていた手を戸惑いながら離した。
「あ、ご、ごめんなさい!私、つい…」
「ううん、大丈夫。僕の方こそ、急にごめん」
2人の間には、先ほどまでと違う、どこかホンワカした温かい空気が流れた。
それからは何事もなく、シェアハウスへ無事到着した。
その夜は結局ストーカーは現れなかった。
祐希の背中には、さくらがしがみついた指の感触が、いつまでも残っていた。
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