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第103話 ストーカー襲撃事件(2)

 祐希は1人で4人の男と対峙していた。

 そのうち3人は格闘技の経験者ではない。

 しかし、スキンヘッドの男は元ボクサーであり、他の3人とはわけが違う。

 男は鋭く踏み込み、次々とパンチを放つ。

 祐希はそれを紙一重で受け流すが、雨あられのような連打が彼を襲った。

 だが、祐希の目は冷静に敵の死角を見据えていた。


 (速い……だが隙はある!)


 祐希は男の渾身の右ストレートを、首をわずかに傾けて躱す。

 その瞬間、男の顔面ががら空きとなった。

 すれ違いざま、祐希の右手が鞭のようにしなり、裏拳が男のこめかみを捉える。


 「ぐぁっ……!?」


 脳を揺らされ、男の足が止まった。

 その隙を祐希は見逃さなかった。

 回転の勢いを殺さず、さらに加速させた左足が、鋭い弧を描いて男の首筋へ吸い込まれた。

 裏拳からの上段回し蹴り。

 強烈な衝撃に、スキンヘッドの男は大きくよろめき、膝をついた。


 この優男(やさおとこ)は、ただの一般人じゃない。

 1対1では敵わないと悟った男たちの顔色が変わった。

 しかし彼らの辞書には、正々堂々という言葉はなかった。

 素手で勝てないなら、武器の力に頼るまで……


「テメェ……絶対にブッ潰してやる……!」


 スキンヘッドの男が、血走った目で懐から鈍く光る鉄塊――「メリケンサック」を取り出し、拳にはめる。

 それに呼応するように、他の3人もゆっくりと立ち上がり、それぞれの懐へ手を伸ばした。

 サバイバルナイフ、スタン警棒、分銅付きチェーン。

 祐希にとって本当の地獄は、ここからだった。


 場の空気が、一変した。

 男たちの目から余裕が消え、代わりにどす黒い憎悪と狂気が宿った。

 

 自分たちの「聖なる使命」を邪魔する壁――排除すべき敵。

 彼らの理性が崩壊し、狂気が暴走し始めた。


「て、テメェ、目障りなんだよ……!」


 金髪男はナイフを振りかざし、祐希の腹部を目掛けて突進してきた。

 冷静な祐希に、その軌道を見切ることは容易だった。

 だが――。


「オラァッ!」

 眼鏡デブが、祐希の横から長さ4メートル近くある、両端に1キロの分銅が付いたチェーンを振り回してきた。

 男の狙いはあくまで祐希だ。

 しかし、遠心力で加速した分銅は、祐希が避ければ背後のさくらと沙織に当たりかねない。


(……このままじゃ2人に当たる!)


 祐希は咄嗟に判断した。

 回避を捨て、身を挺してチェーンの軌道を塞いだ。


 ガチャンッ!

 振り下ろされた鎖を左腕で受け止める。

 だが、その代償は大きかった。

 がら空きになった脇腹に、ナイフ男の刃が刺さった。


 ドスッ。


 鈍く、湿った感触が左脇腹に走った。

 直後、焼けるような激痛が脳髄を突き抜ける。


「ぐ……ッ!」


 刃は脇腹を裂いた。

 だが、祐希は倒れない。

 日頃の鍛錬で鋼のように引き締まった腹筋を収縮させ、刺突の瞬間に上体を鋭く捻った。

 それにより刃の軌道が逸れ、内臓への直撃は回避した。


「な、なんで倒れねえ……!?」

 金髪の男が驚愕に目を見開いた、その一瞬。

 祐希は歯を食いしばり、痛みを怒号に変えた。


「うおおおぉッ!」


 踏み込みと同時に、渾身の右正拳突きを金髪男のみぞおちに叩き込む。

 ボゴォッ、と胃袋が潰れるような音が響く。


「が、はっ……」


 金髪男は白目を剥き、胃液を吐き散らしながらその場に崩れ落ちた。


 1人、無力化。

 だが、息つく暇などない。


「き、貴様! よくもやってくれたな!」


 仲間がやられたことに逆上したロン毛の男がスタン警棒を振りかざし、祐希の死角となる左背後から襲いかかってきた。

 もはや「懲らしめる」などというレベルではない。

 完全に頭をかち割るつもりで振るわれている。

 祐希は脇腹の傷を押さえており、体勢が崩れている。

 回避は間に合わない。


(頭だけは……守るッ!)


 祐希は反射的に左腕を跳ね上げ、頭部をガードした。


 バチィッ! バキィッ!


 夜の公園に、電流が爆ぜる音と、骨が砕ける音が響き渡った。

 左の上腕に走る、耐え難い衝撃と激痛。

 骨が折れたことが、嫌というほどはっきりと分かった。


 だが、祐希の目は死んでいなかった。

 脂汗を噴き出しながらも、スタン警棒を振り抜いて無防備になった男の顔面を捉える。

 残された右腕で、正拳を叩き込んだ。

 バシィン! と強烈な打撃音が鳴り、男は顎を砕かれて吹き飛び、地面に叩きつけられて動かなくなった。


 残るは、チェーンを持った眼鏡デブと、スキンヘッドの男。

 眼鏡デブは、鬼のような形相の祐希に怯え、後ずさりしている。

 だが、スキンヘッドの男は違った。


「チッ、しぶとい野郎だ……。だが、もう終わりだ」


 男は右手の拳を固め、鋭く踏み込んできた。

 その拳には、鈍く光る鉄塊――メリケンサックが装着されている。


 祐希は、満身創痍だった。

 左腕はあり得ない方向にねじ曲がり、脇腹からは血が溢れ出し、シャツを赤く染めている。


「死ねぇ!」


 インターハイ3位の鋭いストレートが、祐希の顔面を襲う。

 祐希は残った右腕で防御を試みる。

 しかし、出血と痛みで、反応がコンマ数秒遅れた。


 ガッ!


 金属の凶器が防御をすり抜け、祐希の額の横を殴打した。

 皮膚が裂け、衝撃で脳が揺れる。

 ドロリとした熱い液体が顔を覆い、目に入った。


「くっ……!」


 視界が真っ赤に染まり、何も見えない。

 平衡感覚が失われ、膝が折れそうになる。

 それでも、背後からは「祐希さん!」「先輩!」という、悲痛な叫び声が聞こえる。

 彼女たちがいる限り、倒れるわけにはいかない。


 祐希は仁王立ちになり、スキンヘッドの男を睨みつけた。


「……絶対……通さない……ッ!」


 血だるまになっても倒れないその気迫に、スキンヘッドの男は初めて恐怖を覚えた。


「バ、バケモノが……」


 男が怯んで後退った、その時だった。


 ウウゥゥゥゥ――ッ!


 けたたましいサイレンの音が、すぐ近くまで迫っていた。

 赤いパトランプの光が、絶望的な暗闇を切り裂く。


「警察だ! 全員動くな!」


 柏琳台駅前交番のパトカーが到着し、倉橋巡査と同僚の警官たちが飛び出してきた。

 警官たちは瞬く間にスキンヘッドの男と眼鏡デブを取り押さえ、地面にねじ伏せる。

 気絶している他の2名も確保された。


 騒乱が去り、あたりに静寂が戻る。


「……は、はは……」


 祐希は力が抜けたように、小さく笑った。

 血に濡れた顔で、ゆっくりと振り返る。

 さくらと沙織の気配はすぐそこにあった。


「2人とも……怪我は、ないか……?」


 かすれた声で問いかける。

 それが、限界だった。

 張り詰めていた緊張の糸が切れ、世界が反転する。

 祐希の体は重力に従い、ゆっくりと崩れ落ちた。


「祐希さん!」


「先輩!」


 さくらと沙織が駆け寄り、倒れる祐希を滑り込むようにして受け止めた。

 その腕の中にある祐希の体は、血に濡れていた。

 白いシャツは赤く染まり、左腕は力なく垂れ下がっている。


「いや……嘘……祐希さん、死なないで!」


「先輩! しっかりしてください! 目を開けてください!」


 2人の悲痛な絶叫が、夜の住宅街に響き渡った。

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