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第102話 ストーカー襲撃事件(1)

 9月下旬の水曜日。

 バイトを終えた祐希とさくら、沙織の3人は、いつものようにシェアハウスへの道を歩いていた。

 一番右をさくら、真ん中を祐希、左を沙織が歩くという、いつもの並び順だ。

 コンビニを過ぎ、辺りの灯りが減ると、祐希とさくらが恋人繋ぎで手を握る。


 それを見て、沙織も祐希の手を握り、指を絡ませてくる。

 両手を美少女に挟まれ、端から見れば羨ましい限りだ。

 沙織は、賄い弁当が入った紙袋を持ちながら歩いていた。


「先輩、今日の賄い、何だと思います?」


 沙織が祐希の腕にピッタリと身を寄せながら、嬉しそうに尋ねた。

 マスター手作りの賄いは、店で余った材料を使うので、その日によって中身が違う。

 だから「開けてみてのお楽しみ」であり、こうして3人で予想し合うのが日課となっていた。


「昨日はハンバーグだったからな……。

 今日はカツカレーだといいな」


 祐希は自分の好物であることを願った。


「え~、でもカレーの匂いしないですよ」


 沙織は賄いの紙袋に鼻を近づけ、中身の匂いを確認した。


「この匂い、私の予想ではオムライスだと思うんです。

 マスターのオムライス、私、大好きなんですよ」


「私の予想では、グラタンかなって思ってました」


 さくらも穏やかに微笑みながら会話に加わる。

 たわいない会話と、両方の手のひらから伝わる確かな温もり。

 平和で、幸せな時間が流れていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 シェアハウスまで、あと200mほどの距離に来た時だった。

 道沿いにある公園の暗がりから2人の男が現れ、祐希たちの行く手を塞ぐように立ちはだかった。

 そして後方にも2人の男が退路を断つように立ち、前後を囲まれた。


「……ッ!」


 祐希は危険を感じ、足を止めた。

 さくらと沙織は、突然の脅威に立ちすくみ、声も出せずその場に凍りついた。


 前方には、鋭い目つきのスキンヘッドの男と、長身のロン毛の男。

 後方には、脂ぎった眼鏡の太った男と、筋肉隆々の金髪の男が退路を断つように立ちはだかっていた。


「2人共、僕の後ろに隠れて……」


 祐希は前後を警戒しつつ、住宅のブロック塀を背にした。

 さくらと沙織を後ろにかくまい、自らは前面に立って男たちと対峙する。

 祐希は、さくらと沙織に小声でこう言った。


「危ないから、少し離れて」


 男たちは祐希たちの方へゆっくりと近づいてきた。


「お前ら、何の用だ」


 祐希の落ち着いた声が闇夜に響いた。


「おいお前、オレたちの天使様と、いつもいつも一緒にいやがってよ……

 天使様とお近づきになりたいと思ってるのに、お前、邪魔なんだよな……」


 先頭に立ったスキンヘッドの男が、ドスの効いた声で言った。


「俺は彼女たちのボディガードだ。

 お前らみたいなイカレた連中が寄って来ないようにな。

 痛い目に遭いたくなかったら、とっとと失せろ」


 それを聞いた女子2人は、「いつもの祐希さんじゃない」、「いつもの先輩じゃない」とワイルド祐希の出現に、危機的な状態にもかかわらず胸をときめかせた。


 祐希の言葉が聞こえなかったかのようにロン毛の男が言った。


「それはこっちのセリフだ!

 お前みたいな気取った男が、天使さまと一緒に歩いてんじゃねえ。

 痛い目に遭わないうちに、とっとと失せろ」


「お前ら、物陰からコソコソと俺たちを覗いてたのか?

 その濁った目で俺の彼女を見ないでくれ」


「……あぁ? フザケんなよ……。

 テメェみたいなスカした野郎が、気安く天使様を自分の彼女とか言ってんじゃねえ!!」


 金髪の男が、太い腕を振り上げながら威嚇するように吠えた。


「オレたちは、天使さまをお救いに来ました。

 天使さま……今その男から解放してあげますからね……あと少しの辛抱です」


 眼鏡デブが、気味の悪い笑みを浮かべブツブツと呟いた。


 彼らの口から漏れたのは、身勝手極まりない理屈だった。

 彼らはさくらを「天使」と崇める、歪んだストーカー集団だった。

 それは「聖女の天使」という言葉が独り歩きした結果、生み出された狂信的な異常執着者たちだ。

 さくらのプライベートを暴いて近づき、あわよくばその全てを我がものにしたい。

 そんなドス黒い欲望を「天使を騙した悪い男から救う」という身勝手な正義感で正当化しているのだ。


(こいつらの狙いは、やはりさくらか……!)


 祐希は背筋が凍るような悪寒を感じながらも、さくらを守り抜く覚悟を決めた。


「彼女たちには、指一本触れさせない」


 祐希は動ぜず、重心を落とすと中段の構えをとった。

 その洗練された構えは、一朝一夕で身につくものではない。


 祐希は空手2段の黒帯を持っている。

 小学1年から大学に入るまでの13年間、地元の空手道場で毎日稽古に明け暮れていた。

 その実力は、筋金入りだ。

 神奈川へ越してきてからも、毎朝1時間の自己鍛錬を欠かさず、月に数回、地元の同じ流派の道場で汗を流していた。


 祐希の優しい見た目から、数発殴って痛めつければすぐに逃げ出すと、男たちは高をくくっていた。

 そして、優男(やさおとこ)に騙されている「天使さま」を自分たちが保護する――そんな安易な考えだった。


 相手は4人。逃げ場はない。


(祐希さん……ッ!)


 さくらは恐怖で震える体を、隣の沙織と支え合うのがやっとだった。

 沙織も顔面蒼白で、さくらの手を痛いほど強く握りしめている。


(先輩……お願い……!)


 2人は祈るように、祐希の背中を見つめた。


「やっちまえ!」


 スキンヘッドの男が命令すると、3人は一斉に襲いかかった。


 左から眼鏡デブと金髪の男、右からはロン毛の男。

 だが、祐希の集中力は極限まで高まっていた。


 祐希はまず、左手へ鋭く踏み込んだ。

 大振りなフックを繰り出す眼鏡デブの懐に潜り込み、鳩尾(みぞおち)へ鋭い正拳を2発叩き込む。


「ごふっ!?」


 眼鏡デブが崩れ落ちる隙を突いて、隣の金髪の巨体に強烈な足払いを一閃。

 巨木が倒れるような音と共に金髪男が地面に叩きつけられた。

 そこへ脚を高く振り上げ、、かかと落としを食らわす。


 振り向きざま、右手から飛びかかってきたロン毛の男の顔面に、カウンターの 掌底(しょうてい)を喰らわし、苦痛に顔を歪める隙に腹に膝蹴りをお見舞いすると、男は苦悶の表情でその場に崩れ落ちた。


「ゆ、ゆうきさん……」

 目の前で繰り広げられる暴力に、さくらと沙織は互いに身を寄せ合い、悲鳴を上げることさえできず、立ち尽くしていた。


 電光石火。

 1分も経たないうちに、3人の男が地面に転がっていた。


「……お前、空手使いか」


 一人残ったスキンヘッドの男が、不気味な笑みを浮かべ、近寄ってきた。

 男は軽快なリズムで小刻みに体を揺らすと、顎を引き、ボクシングの構えをとった。

 シュッ! 予備動作のない鋭い左ジャブが、祐希の頬をかすめる。


「俺は、インターハイで全国3位まで行ったんだ。

 お前の空手がどこまで通用するか、俺が試してやるぜ」

※創作活動の励みになりますので、作品が気に入ったら「ブックマーク」と「☆」をよろしくお願いします。

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