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第100話 コジケンの悲哀

 大学の夏休みが終わり、後期の授業が始まった。

 祐希と沙織は、情報システムコースの講義室で、吉永教授の授業を受けていた。


 後期のテーマは「生成AIの応用」がメインだ。


「……これからのAIは、テキストだけではありません。

 画像、音声、動画など、複数のデータを同時に扱う『マルチモーダルAI』が主流になっていきます」


 吉永教授はスライドを切り替えながら、熱心に説明を続けた。


「そして、人間が指示しなくても、AI自身が目標を設定し、自律的に考えて行動する『AIエージェント』の研究も急速に進み、実用化が近づいています」


 祐希は教授の話を聞きながら、ノートを取った。

 隣に座っている沙織も、真剣な表情で講義を聞いている。

 今日の沙織は、ピンクの細縁丸眼鏡に、髪を三つ編みにした「通学モード」だ。

 彼女は無駄話もせず、真面目な学生として授業に集中していた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 昼休みとなり、祐希と沙織は昼食のためカフェテリアへ向かった。

 最大800人を収容する巨大なホールは、多くの学生でごった返している。

 2人はそれぞれ料理を注文し、トレイを持って空席を探した。


 祐希のトレイには、いつもの「カツカレー」が乗っていた。

 一方、沙織のトレイには「ピザとパスタのコンボセット」という、ボリューム満点のメニューが乗っていた。


「沙織、それ美味そうだな」


「先輩、このコンボ、私のお気に入りなんですよ」

 沙織は嬉しそうに答えた。

 こうしている沙織は「普通の可愛い後輩なんだがな」と祐希は思った。


 その時、どこかで祐希を呼ぶ声が聞こえた。


「お~い、祐希。ここ空いてるぞ~!」


 声がした方を振り向くと、少し離れた窓際の席でコジケンが手を振っていた。

 祐希と沙織は、コジケンのいるテーブルへと向かった。

 その席に着くと、コジケンの目の前には、彼の好物である「サバ味噌定食」が置かれていた。


「祐希、今日もまたカレーかよ」


「そういうお前だって、サバ味噌定食じゃん」


「だから言ってるだろ、ここのサバ味噌、絶品なんだって……」


 コジケンは祐希の後ろに立つ目立たない女子を見て、不思議そうに首を傾げた。


「祐希、その子、誰だ?

 もしかして……お前の彼女か?」


 通学モードの沙織を見て、コジケンは全く気づいていない様子だ。


「何言ってんだよ。

 前にも会ったことあるだろ」


「はあ? 会った覚えないぞ。

 俺は記憶力には自信があるんだからな」


 コジケンは箸を止めて、マジマジと沙織の顔を見た。

 しかし、相席ラウンジで会ったスリム系美女の沙織と、目の前の芋っぽい女子学生は全く結びつかないようだった。


 沙織は「ふふっ」と笑うと、掛けていた丸眼鏡を外した。

 そして、三つ編みの髪を少しかき上げ、声のトーンを変えて言った。


「コジケンさん、お久しぶりです。

 その節は、ご馳走様でした。ステーキ、とても美味しかったです」


 その瞬間、コジケンの動きが止まった。

 数秒の沈黙の後、コジケンは目を見開き、大声を上げた。


「はぁぁぁ!? ホントにあの沙織ちゃんなのか!?」


 それはカフェテリア中の学生が振り返るほどの絶叫だった。

 コジケンは立ち上がり、信じられないという顔で沙織を凝視した。


「し~、コジケン、声が大きいって!」


 コジケンは祐希の注意を気にも止めず、先を続けた。

「沙織ちゃん、星城大の学生だったのか!?

 しかも、その格好、全然気づかなかったよ!」


「はい、私、大学では目立たないようにしてるんです」


「祐希! お前、なんで俺に言わなかったんだよ!」

 コジケンが祐希に詰め寄った。


「沙織から黙っててくれって頼まれたんだよ」


 祐希が説明すると、コジケンはようやく納得した様子だった。


「それにしても……

 ここで沙織ちゃんと再会できるとはなぁ……」


 コジケンは複雑な表情でため息をついた。

 彼の脳裏に、あの夜の悪夢が甦ってきたからだ。


 あの日、万馬券を当てたコジケンは祐希を誘い、ナンパ目的で相席ラウンジに行った。

 そこで2人は、偶然出会った沙織と環奈と意気投合。

 ステーキハウスで高級肉をおごると言って夜の街へ誘い出した。

 高級ステーキを堪能した後、祐希たちと別れたコジケンは、金の力にモノを言わせて口説き落とした環奈とラブホへ行った。

 しかし、期待に股間を膨らませていたコジケンがシャワーを浴びている隙に、環奈は忽然と姿を消した。

 上着のポケットに入れていた、封筒の現金45万円と共に。


「なぁ沙織ちゃん……

 環奈のこと、その後、何か情報ないか?

 警察にも被害届出したんだけど、偽名だったらしく、手がかりがなくていまだに見つからないんだ」


 コジケンはすがるような目で沙織を見た。

 しかし、沙織は首を横に振った。


「ごめんなさい。

 あの子とは、あの日たまたまペアを組んだだけだから……何も知らないの」


「そうか……。やっぱりダメか……」


 コジケンはガックリと肩を落とした。


「俺の45万……返してくれよぉ~……」


 コジケンはこの世の終わりみたいな顔で、サバ味噌を口に運んだ。


 ひとしきり落ち込んだ後、コジケンは気を取り直したように顔を上げ、祐希と沙織を交互に見た。


「で、お前らはどういう関係なんだよ。

 大学で変装してまで一緒にいるなんて、怪しすぎるだろ」


「ああ、実は沙織、俺と同じシェアハウスに住んでて、バイト先も同じなんだよ。

 今日は授業も一緒だったからな……」


「……ん? ちょっと待て……」


 コジケンの目が鋭く光った。


「今、同じシェアハウスって言わなかったか?」


「あ、ああ……言ったけど」


「お前、前に俺が『そんなハーレム、俺も住んでみてぇ』って言った時、何て言ったか覚えてるか?」


「え……なんだっけ?」


「『満室だし、募集は女性限定だから無理』って言ったんだぞ!

 女性限定なのは分かる。だが『満室』って言ってなかったか?」


「ま、まあ、確かに言ったかもな……」


「なのに、なんで沙織ちゃんが、満室のシェアハウスに住んでるんだよ!

 空き部屋なんて無かったんだろ!?」


「そ、それは……その時たまたま空きが出て……」

 祐希はしどろもどろになった。

 実際には、沙織が祐希を追って空き待ちに登録し、半ば強引に入居してきたのだが、それを説明するのはややこしい。


「怪しい……。お前ら怪し過ぎるぞ」

 コジケンは訝しげに2人を見た。


「バイトも一緒、大学の授業も一緒、そして満室のはずのシェアハウスにもいつの間にか住んでいる……。  

 お前ら、やっぱり付き合ってんだろ!

 あの夜、ホテルに行った勢いで、そのまま同棲してるってことか!?」


「ち、違うって! 本当にただの偶然なんだよ!」

 祐希は必死に弁解した。


「そんな偶然があるわけねえだろ!

 ……じゃあ何か? 付き合ってないなら、セフレってやつか?」


 コジケンはニヤリと笑い、核心を突いてきた。

 祐希が否定しようと口を開きかけた時、沙織が明るい声で答えた。


「えっ、よく分かりましたね」


「おい沙織、変なこと言うな!」


 祐希は慌てたが、沙織はピザを頬張りながら平然と答えた。


「今はセフレですけど、私、先輩の彼女の座を狙ってるんです……

 でも……強力なライバルがいて、なかなかうまくいかなくて……」


「ライバル? 誰だよそれ」

 コジケンが身を乗り出した。


「おい、沙織、余計なこと言うなよ」

 祐希が制止したが、沙織は止まらなかった。


「同じシェアハウスに住んでるさくらさんです。

 彼女、うちの大学で『聖女の天使』って呼ばれてるんですよ」


「は?……はぁ……?」

 コジケンの声は裏返り、石像のように固まった。


「しかも、先輩とさくらさんは、両想いなんです。

 ただ、お父さんの許可待ちだから、『まだ』付き合ってはいないんですけどね」


 その言葉を聞いたコジケンは、持っていた箸を落とした。


「せ、聖女の天使と……祐希が……両想い……?」


 コジケンは口をパクパクさせ、祐希を見た。


「ま、マジかよ……そんなのアリかよ……。

 お前、どこのラノベの主人公だよ……現実感なさ過ぎだろ……」


 コジケンはあまりのショックに、テーブルに突っ伏した。

 しばらくして顔を上げたコジケンは、やけくそのように沙織に向き直った。


「沙織ちゃん、祐希がダメなら俺と付き合おうぜ!

 俺ならフリーだし、優しくするからさ!」


 コジケンの提案に、沙織は即答した。


「あ、無理です。タイプじゃないので……

 それに、私は先輩一筋ですから……」


 沙織の返事は、あまりにも早く冷酷だった。


「さ、沙織、お前容赦なさすぎだろ……」


 ランチタイムの賑やかなカフェテリアに、コジケンの絶叫が、虚しく響き渡った。

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