人魚の住まう海底洞窟
「捕まえた…捕まえた、今度こそ、今度こそ」
何かに捕まった男、海に関わる怪異に連れられ、たどり着くは島から少し離れた海底洞窟、怪異の住処だろうか。
「うっ…う……ん」
「おや…意識があるのですね!!」
「な…にが」
「やはり私の見立てに間違いはなかった、貴方のような屈強な殿方を探していたのですよ」
怪異に連れてこられた男は急な潮の流れでも意識を保っておりその体力に怪異をたいそう喜ばせる。
「あんた…なんなんだ…ヒック」
「私、人魚の船伊佐木といいます、私と婚姻の契りを結んでほしいのです」
「婚姻の…契り?」
「はい…かつて私には船乗りの想い人がいました、私を人魚などではなく、一人の女として見てくれました。ですが彼は嵐に遭遇してしまい、亡くなってしまいました…それからというもの心に穴があいたように寂しくて、あなたはこの穴を埋めてくれますか?」
人魚の言い分からして、過去に人と何かあったのは確実だろう、それが埋まらない心の穴となって、人をさらったのだろう。人と怪異が共に共生する稀有な例だ。
「よく見ればスタイルもいい』「……わかった、いいだろう」
「!本当ですか!よかった」
「何をすればいい?」
まともに考えもせずに承諾をする男、その言葉に心底喜ぶ人魚、怪異と人はまともには結ばれない、そして約束は口頭だけでも契約となる。そしてその先に言葉にどんなことが隠されようと、
「無論【一つになる】のです」
「ひ、一つにったって…どうやって…」
一つになる。これが人魚が出した契約内容だ。そして一つになるこれには複数の意味がある。この人魚の場合は…
「簡単です、摂食です」
「摂……食…」
「ええ、今から貴方の皮をはぎ、肉を噛み、骨を舐め、目玉を嬲ります【今度こそ】あなたは私の中で生き続けるのです」
「ひっ、ひぃィィィィ」
「追いついた!」
「なっ…なんなんですか!アナタ達は!」
人を喰らうことで、一つになろうとする人魚、口頭だけの契約と予想打にしない答えに男は震える。そこに追ってきた傀偽の鉈が割って入り契約を強制的に停止させる。
すでに死強も戦闘体制に入り、巨大な鎌を携えて傀偽と人魚、二人の間に割って入る。
「忘れてた、人魚には人喰の伝説もあったけな」
「なにが、なにがいけないの!!?この人は私の中で生き続けるのよ!!」
「お前の血となり肉となり、か?人は死んだら終わりなんだよ。言っとくが…そんなことしても心の穴は埋まんねぇんだ。大切な人がいない事実に変わりはないからだ。だから…こんなことやめろ」
死んだら終わり、だから人魚心の穴は埋まらない。死強にも似た経験がある、多くの人を死者を送ったなかで己の慢心がうんだ後悔が。
「……そう…今確信したわ、アナタ人間じゃないのね、私と同じで。ねぇ…アナタ恋をしたことは?」
「はぁ?まぁ…そんなもん、してたらやっていけねぇよ」
「ふふふ、やっぱりそうね」
「ガッ、っ痛ぇ」
「どうりで、分かり合えないと思った!!」
否定された人魚は力任せに石をを投げ飛ばし、怯んだ死強を海中に引きずり込む。海に生きる怪異なだけあり死強が抵抗できず深い場所へと連れられる。
「恋を知らない怪物は、どこまで息が続くのかしら!」
「ガ、ボ」
『何かしら、海底に泳いでいるのに景色が変わらない?距離が縮まらない?』
海の中では息ができない死強は、何かを起こす。それに一瞬遅れて気づくは人魚はいくら進んでも変わらない景色に戸惑いを覚える。進む感覚はあるのに進めていない、そして、
「こんだけ時間稼げばかかるだろ」
海の中でもはっきりと聞こえる死強の声に応えるように、釣り針が真っすぐと人魚の着物に引っかかりそれに気付いた傀偽が引き上げる。
「っのせやぁ!、人魚の一本釣り!!」
「はっ?はぁぁぁ?!!!釣り竿?!!」
「ぶっはぁ、死ぬかと思った」
「落ち着け死神」
「し、死神?!」
己が釣られたことに驚く人魚、さらに死神という言葉に驚き怯む。空気を取り戻し体勢を立て直した死強は、拳を握り、怯える人魚に近づく。
「おいっ、歯ぁ、食いしばれ」
「理由を聞いてもよろしいでしょうか」
「鉄拳制裁だよ!!」
「キャッぁっ!」
鉄拳制裁の掛け声とともに強く踏みこんだ死強に、人魚は殴り飛ばされ気絶する。
「いや、鎌使えよ」
「使ったら殺しちまうだろ」
「取り敢えず一回浜まで戻らないと、釣竿返さないと行けないし」
「いやどうやって戻るんだよ」
「根性、俺と死強の目なら問題ない」
「お前なぁ」
死神が鎌ではなく拳を使ったことによる至極当然なツッコミに淡々と答える死強、島に戻る方法案で傀偽が根性論となったためにボケとツッコミが代わり、呆れながらも死強は今後の方針を決めてゆく。
「まぁ、根性云々はおいといて先に戻れ、俺はこいつと話がある」
「…わかった、過度なことはするなよ」
「わかってるよ」
変わったところで優しい傀偽は、怪異でも歩み寄ろうとする、話せるならと言葉が通じるならと、それを理解してるのかしっかりと受け答え見送る死強。洞窟な内に寝かせて数分たち人魚の佐木が目覚める。
「うっ…んぅ…」
「起きたか」
「アナタ、だけかしら」
「お前の恋人候補なら傀偽、さっきの少年が連れ帰ったぞ、酒に泥酔してたからな」
「アナタは、死神よね」
「ああ、死強だ。単刀直入だが聞きたいことがある。十年前にあの島にいた男女の子供二人を不死にしたか?」
目を覚ました人魚に状況説明と海岸に来た本来の目的を不死の原因を人魚に聞く。まるで言動一つで行動が変わるからと、少しの圧を交えて。
「はっ?…はぁ?そんなことしないわよ。私にロリショタの趣味はないわよ」
「想い人を喰って一つになろうとしてるやつだ。そんなイカれた思想を持つお前なら恋人候補に自身の肉を喰わせることくらいしそうだからな」
「なるほどね。仮に肉を喰わせ不死になったなら私ではないわ、相手を不老不死にした人魚は著しく力を失うのよ。ところでその不死になった子供というのはさっきの男の子かしら、アナタのお気に入り?」
「なわけないだろ!」『お気に入りじゃない、ただの【約束】だ、二人への【贖罪】でもあるけど、』
予想打にしていなかったのか、素っ頓狂な発言をする人魚、会話一つである程度の予測を立てる程には冷静だが。死強は叫び、心の内で人魚の質問に反論する。その叫びに人魚は一つの助言を下す。
「そう…でも一つ言っておくわ、これは忠告でもあり、アドバイス、彼から手を引きなさい。彼を、不死身を狙って…あの島は【戦場】になるわ」
「なんだと?」
「あの島、夏黄泉の島に【ある噂】を聞いた怪異達が集まってくる。【島に不死がいる】と。不死身とは食せば半永久的に消化を繰り返す怪異にとっての極上の獲物」
「…そうか…まずいなだとしたら」
「離れた隙に動いている怪異もいるかもね」
「ちっ!」
人魚の言葉に焦りを感じ海に飛び込む。死強の目も潮の流れをとらえるためそう時間は掛からない。半永久的に死ぬことがなく、怪異に食われることもまた普通の死ではない。死強の、約束、それは普通の死を届けること、運ぶこと。だがあくまで死者のお迎えをする立場でそれはあまりにも身勝手な思いだ。怪異は存在に嘘をつけない。与えられた役職がある、それを外れることは休暇中という特殊な状態だからだ。
そしてこのルールは死強も怪異と関わる人間全てが理解すること、
故に魂結死【強】求めてはいけない、願ってはいけない【欲】なのだから。




