第97話 山登り1
ご飯を食べ終えた後、僕たちはその足で、山へと向かった。そう、こここそが僕が目指してた場所、今日の本番だ。
山育ちの鈴美にとっては、山登りなんて、もう既に何度もやっているだろうが、
それでも、鈴美と二人で山を登りたいという気持ちがあった。
それに、鈴美が嫌と言ったらその時には予定変更をすればいい。例えば、映画館等楽しめる場所なんていくらでもある。
先ほど楽しませるなんて言ったのに不安になるなんて。不安を感じたいのだろうか。僕はMなのだろうか。
「鈴美」
僕は鈴美の手を握りしめながら言った。
「鈴美はどこに行きたい?」
こんなことを訊いてしまうのは、僕に度胸がないからだろう。
他にいくらでも言いようはあるのに、同姓てこんなことしか言えないのだろう。
「陽太君の行きたいところに行くんでしょ」
鈴美はなんでそんな事を言うの? とでも言いたそうに、不思議そうな顔をしている。
まあ、そりゃそうなるよな、と思いながら、
「山登りがしたいんだ」
僕がおずおずと言った言葉に、鈴美は「いいじゃん!!」と笑顔で言った。
「でも鈴美は山育ちだから」
「そんなの関係ないでしょ、ほら早く私をエスコートしてよ」
そう、笑顔で言う鈴美を見ると、僕が考えていたことが馬鹿らしく思えてきた。
エスコートしてよという鈴美はいつもらしくない程図々しい感じで、僕に軽く、それこそ僕が気負わないウ様にしているのかな、なんて一瞬思ったが、よくよく見るとその予想は外れていた。
というのも、鈴美の表情は別に無理して出している訳でもない。
恐らく鈴美は純粋に僕のプロデュースしたデートを楽しんでいるのだ。
そこに嘘偽りはないのだ。
そう思うと、少しほっとした。
鈴美の喜びは僕の喜びなのだから。
「じゃあ、行こう」
そう言って僕は近くのバス乗り場に案内する。
流石にここから山を直接登るのは時間がかかりすぎる。
山に着くまでに1時間はかかるし、そこから登山路に行くまでにさらに2時間。その三時間は勿論コンクリートで固められた車道を歩くことになる。
そんなの山登りではなくただの散歩だ。
山登りなら舗装はほどほどの木々に囲まれた山道を歩きたいものなのだ。
バスに乗ると早速最後列の席に座る。鈴美を窓側にして座った。
鈴美の実家に行ってる際は僕が窓側を貰っていたが、今回は鈴美に男らしく譲ることにしたのだ。
早速バスが発車して山道へと向かっていく。登山路まで徒歩ならば、3時間半以上もかかるのに、バスならばほんの30分で突いてしまうというところが不思議だ。
バスに揺られながら、鈴美を介して窓の外の風景を見る。
「陽太君」
すると、鈴美が早速僕に話しかけて来た。
「なに? どうしたの?」
僕は軽い口調で返した。
すると、鈴美は手をもじもじとさせる。
何か言いにくい事でもあるのだろうか。
やっぱり山登りは嫌だったのかな、なんて思ったり。
そうなったら最悪だ。僕の心には多大なるダメージを負う事になるだろう。
すると、静かに鈴美は口を開く。
「芹原さんの事なんだけど」
ごくり、別のベクトルで大事な話だ、と思った。
「そんな真剣に聞かなくてもいい話だよ」
鈴美はにっこりと笑いながら言う。
そんな事を言われても、
どうしたらいいのだろうか。
「まあいっか」と、困り果てている僕に対して鈴美が言った。
そして、静かに口を開いて、
「芹原さんの記憶が戻ったらどうする?」
と、言ってきた。
その言葉に僕はまた、唾をのんだ。
そもそも今日はその話もこちらから多少するつもりだった。
だから、まさか鈴美に先に話題を出されるなんてと思った。
記憶が戻ったらどうしようか。
勿論戻って欲しくはない。
今の芹原は鈴美という彼女がいる以上、アプローチされても困るという懸念点はあるが、とはいえ、今の所厄介ではない。
苦手意識は確かにあるけれど、でも嫌うほどではない。
記憶が戻ったら、その時は最後。
また恐怖に怯えなくてはならないかもしれない。
「鈴美はさ」
僕は思い口ぶりで言った。
「芹原の事を妹みたいに思ってるの?」
昨日僕が感じた感想だ。
芹原を妹のように扱っていたように見えた。
「鈴美は芹原に対して好意的だよね」
「まあね、芹原さんが犯した罪、陽太君を傷つけ絶望させたことに関しては許せないと思ってるけど、でも、今の芹原さんにそれを求めるのは酷だと思うから」
それがあくまでも鈴美の考え方。それ自体は立派だと思う。
「すごいなあ」
僕はいつの間にかそう呟いていた。
多少は割り切れたけれど、僕はまだ芹原との苦手意識が残っている。
「大丈夫だよ」
鈴美は僕の頭を撫でた。
あまりにも急だったので、驚いた。
「大丈夫だよ。嫌なら無理に距離を詰めなくても」
「でも、前仲直りみたいなことはしたし」
「大丈夫でしょ。それに陽太君には、芹原さんが記憶を戻したらどうしようっていう恐怖もあるんだよね」
「っまあ」
怖い気持ちは確かに持っている。
「そうだよ。でも、少しだけましになったけれど」
「あの出来事で?」
僕は頷いた。
「でも、本当の意味での和解とは遠いかもしれない」
電車の中で、芹原とは一言もしゃべれなかったのはきっとまだ僕に芹原に対する恐怖心が会ったからだ。それ以外に理由などない。
「そうだね」
「長いよね」
僕の言葉に「え」と鈴美が返す。
「結局僕の人生には芹原が絡んでくる。記憶を失ってもまだ、………………でも、僕にも芹原と仲良くしたい気持ちはあるんだ。トラウマ解消のために、記憶を取り戻さないのなら」
「陽太君が正しいよ。少しずつトラウマを消して行こ」
「そうだな。…………でもまずは今日の山登りが楽しみだ」
「私も同じ気持ちだよ」




