第75話 敗北者
陽太の元気がない事に、鈴美は、少し落ち込みを感じていた。
そもそも女は守られるべき、だなんて思っていない。
自分だって何もできなかった。
ごめんなさいとすぐに拒絶できなかった。
そもそも向こうもそこまで無理に鈴美に対しにらみを利かしていたわけではない。あくまでも優しく接してくれた。
多分、鈴美が彼氏がいるとすぐに言えていたら。ナンパはすぐに終わっていた。
それをいえなかったから、五分くらいずっと喋らなければならなかった。
多分向こうは悪人などではない。
それが分かっているのに。
鈴美は軽く息を吐く。駄目なのは自分の方なのに。なぜ、
陽太の方が落ち込んでしまっているのだろう。
「ねえ陽太君」
そう訊いても、陽太はただただ頷き「どうしました?」と訊き返す。
その言葉に、鈴美は軽く息をこぼした後、
「陽太君はどう思ってるの?」
と訊く。
「何がって」
「さっきのナンパ男たちについて」
そう、鈴美が言うと、陽太は静かにため息をつく。
「ひどい人だと思う」
「うん。そうだね。でも、私が強く否定できなかっただけで、そこまで嫌な人たちじゃなかったよ」
「え、てことは僕は嫌がってないのに、鈴美を連れて行ったってこと?」
「いや、いやなのは嫌だったよ。だから感謝してる」
「そうですか……」
そう、陽太は言うも、彼の表情は浮かない。
(やっぱりさっきのを機に病んでるのかな)
元気付けたい。
元気付けたいのに、上手くは行かない。
「ねえ、少しいい?」
鈴美はそう言った。
陽太はそもそも、陽キャという物が苦手だ。
全員が悪とは言わないが、芹原や、相沢など嫌な思い出がたくさんある。
男子の陽キャにはそこまで嫌な思いではないが、それでも、思うところはある。
今鈴美に変にナンパ男が絡んできて、しかもそれを守れなかった。
鈴美に嫌な思いをさせた。それが今の陽太の気持ちだ。
「なに?」
「わたしは大丈夫だから」
「気を使わなくて大丈夫だから」
気なんて、使っていない。だけど、今の陽太には気を使われているように感じるのだ。
そこからもずっと陽太は暗かった。
兎に角笑顔を封印でもしているかの如く、暗かった。
鈴美にはその原因は分からなかった。
原因が、ナンパだけじゃない事は確かなのだが。
鈴美は先ほどのナンパ男たちを見やる。もう,先程の事は忘れたかのように、仲間内で談笑している。
鈴美は、静かに目を閉じ、陽太の手を引っ張る。
「遊ぼう」
そう、鈴美は言った。
とにかく遊べばいいのだ。そしたら今の陽太の持っている謎の気持ちも外れてくれるだろう。
そして息を吸う。
★
「鈴美」
僕は小さく言った。
僕は鈴美の表情を見る。
鈴美は本当の笑顔で今笑えていない、と思う。
きっと僕がダメなのだろう。
僕だって、ポジティブとかになりたい。
だけど、今は無理だ。何を考えてもネガティブになってしまう。
こんな僕を鈴美に見せたくないのも事実。事実なのに。
ため息をついてもつききれない。
どうしてだろうか。
「え、笹村?」
そこに、一人の女が現れた。
僕の知っている女だ。
彼女もまたビキニ姿だ。
芹原ではない。しかし、それと勝る劣らずの悪意だ。
相沢だ。
「なんで、ここに……」
「そんな……」
僕と鈴美は次々に口を開く。
ここにいてはいけない。
僕たちがここに、和歌山にいる事がばれてしまう。
「鈴美、逃げよう」僕はそう言いたかった。だけど、声が出ない。
やはり、僕の心は無意識に負けている。
逃げたらいいはずだ。
幸い家の住所はばれていない。
先に電車に飛び乗ってしまえば勝ちだ。
だけど、僕の足が動かない。
「あんたらなにか勘違いしてない?」
相沢が髪の毛を書き上げる。
「アタシはあんたなんかにもう興味はねえよ」
「え?」
僕は目を見開いた。
「今のあんたらを虐めても何も面白くないし」
「そう、ですか……」
この言葉を信用していいのかどうか。
僕は、
「今のあなたは芹原さんとは繋がってるの?」
鈴美が聞く。
「あれ以来まっさらだ。あいつがどうなったかも知らねえ、連絡取り合ってないからなあ」
「そうですか」
「だけど、アタシは、転校させられたことに対しては怒っている」
そう、睨む相沢。
「結局退学処分だから転校はかなわなかった。今のアタシは高校生でありながらどこの高校にも所属してない宙ぶらりんな身分だ。あーあ、人生丸つぶれだ」
「っ」僕は顔を俯かせる。
「まあ、いいさ。アタシがお前を虐めても意味がねえからな」
そう言って相沢は笑う。
アタシが、という言葉を最初につけたことには何か意味でもあるのだろうか。
もしかして芹原に
「それはつまり……」
「ああ、今日アタシはお前に手出しはしないよ」
そう言って笑った。でも、アタシは今日、という言葉にぞっとした。
「もしかして、芹原にばらすつもりですか」
僕はおずおずと訊く。
その間にも僕の心臓は握りつぶされそうだ。
先程のナンパ男に対しても何もできなかった。
今回も僕は何もできずに終わるのだろうか。
「それよりもあんたらって今えなと同居してるんだよなあ」
その言葉に僕は唇をギュッと細める。
「でもここにいねえってことは、あんたら家出してんな?」
その子t場に、僕の心臓はぎゅっとさらに押しつぶされる。
「逃げるって卑怯だよねえ」
否定できない・
「立ち向かえないから、逃げてるんだよね」
否定できない。
「それって恥ずかしい事だとアタシは思うなあ」
その、相原のきれいな唇から出てくる数々の暴言に僕の心は。
「っごめんなさい」
僕は頭を垂れた。
「あはは、だっさ」
「陽太君を馬鹿にしないで!!」
鈴美が叫ぶ。
「あなた達に陽太君を貶す権利なんてない。陽太君は立派な人間なんだから」
「それで?」
相沢は睨む。
「関係ないよな。それとこれは。それにあんたの主観だったらそりゃ、立派な人間に見えるだろうよ」
その言葉に鈴美も押し黙る。
僕が立ち向かわなければ。
僕が、この人に、立ち向かう?
そんなの無理だ。
僕の心に敗北感が襲い掛かる。
僕は自虐行為として、薬指を軽く噛み、そして鈴美を連れて逃走した。
僕は逃げてしまった。また逃げてしまった。
僕は卑怯者だ。
僕は敗北者だ。




