第64話 夜の山
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「陽君、来ちゃった」
芹原がやってきた。
僕を見て、にっこりと笑う。
その姿を見て、僕は鈴美にしがみつく。
「そんな嫌な顔しないでよ。あたしと一緒に帰ろう? あたしたちの家に」
「ボクもお兄ちゃんと一緒に遊びたいな」
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僕は布団を押し上げた。幸い声が出ていなかったみたいで、鈴美は安眠している。
それを見て、安心した。
鈴美を起こしていなくて。
夢で良かった。現実だったら、と思うと正直怖い。
そこから、ニ十分くらいごそごそとしていただろうか。
再び眠りに陥るのは無理そうだった。だから、仕方なく僕は起き上がる。
だめだ、そう僕は思い、布団を抜け出し、外に出る。
先程もきれいだったが、深夜になったことで、さらに奇麗な星になっている。
ああ、いいなあ。そう思う。
迷子にならない様に、と。僕は家の位置を完全に記憶させ、歩いていく。
なんだか、畑とかの周りに電気の柵がある。なんだろうか、僕はそう思い触ろうとする。
「だめだよ」
鈴美が言う。
鈴美も起きてきたのか。
「夜中はあんまり出歩かない方がいいよ」
「これは何?」
「熊とかイノシシ対策の電気の柵」
「電気?」
「ほら」
そこには、電流が流れていますと言った注意書きがあった。
ああ、生きた心地がしない。
「触ってもたぶん、死ぬほどの電流は流れてないと思うけど、危険だよ」
「なあ、鈴美。鈴美って山育ちなんだろ」
「うん。そうだよ」
「なんで、一人暮らしをしたんだ?}
「都会に憧れがあっただけだよ。それに……」
鈴美は片方の腕で、もう片方の腕をつかむ。
「一人で生きてみたかったから」
そう、消えそうな声で言う鈴美。何かあったのだろうか。
だけど、それを訊くのは正直野暮だろう。
「そうなんだ」
僕はそう一言言った。
「ねえ、鈴美」
「どうしたの?」
「僕は結局恐れているんだ。芹原の事をここまで来ても」
「大丈夫。わたしの実家の場所も知らないみたいだし、創作依頼とかも出てないみたいだし、大丈夫だよ」
「そうだといいんだけどね」
「ね、ちょっと来て」
鈴美が僕の手をまた引っ張った。
夜はクマが出るからあまり出歩いたらだめなんだったんじゃないか。なんて言えないような勢いで。
「ここが」
僕はそう、呟いた。
そこにあった丘の下。景色がきれいだ。
「夜はやっぱりこれに限る」
そう鈴美が言う。そして、ペットポドルのふたを開ける。その中はコーラだ。
「きれいなんだよ」
鈴美は小さい声で言う。
「これに比べたらさ、人間なんてちっぽけなの。わたしも何か辛いことがあったらここに来てたなあ」
「鈴美も?」
「うん。わたしも」
鈴美もここに来ることが頻繁にあったのか。
「それって、香奈さんに虐められた時?」
「かも」
そう言って鈴美はまた笑う。
「陽太君が今日、少し苦笑いになっていたのは知ってた。満面の笑みは見られてなかったから」
確かに今日の僕は若干遠慮がちに笑っていたかもしれない。
「笑って」
鈴美は僕の顔を掴み言った、
「笑って!」
そしてもう一言。
「笑うか」
今の僕は本当に笑えるのだろうか。さっきのゲームでも、脳裏に散らめく芹原のせいで頭空っぽで笑う事は出来なかった。
「大丈夫だよ。私がついているから、陽太君は私が絶対に守るから」
「っ僕は」
むしろ、僕が鈴美を守りたいくらいなのに。
「大丈夫だよ」
頭を撫でられる。ああ、僕はダサいな。
ださい、それは、その言葉が本当に正しいのかも分からない。だけど、こんな気持ちにいたっている僕がダサい。
「ああ、もう!」
僕は叫んだ。
「芹原のカス」
「芹原のブス!!」
「僕は、僕は! 芹原の事をもう、思考に入れない!」
僕は次々に叫んでいく。
「それでいいんだよ。ここにいる限りは安全なんだから」
「うん」
そして僕たちは手をつなぎながら家に戻った。幸いにもその帰路でクマなどに襲われることはなかった。




