第58話 家出決行
遂に家出決行の日がやってきた。
僕はこの夜、家を飛び出す。
眠気を振り払い、体にしがみつく布団を強引にはがした。
隣に、芹原が寝ている。幸運にも芹原は僕にしがみついていない。
良かった。僕は静かにベッドから降りて、荷物をまとめる。
スマホは持っていけない。僕はスマホをその場に置き去った。
荷物はそこまではいらない。着替えを少しだけだ。
もちろん、大事なものを持っていくべきなのだろうけれど。僕にはそこまで大事なものはない。それに、嗜好品は大体父さんと姉さんの家にある。
それ、僕にとって本当に大事なのは、鈴美だけだ。
それを言えば、痛いなんて思われるかもしれないけれど。
そして最小限の荷物を手に、家の扉を開ける。
ドキドキが止まらない。
ドキドキが止まらないのだ。
心臓の音よ静まってくれ。今は騒ぐと気じゃない。
僕はそのまま、家を飛び出した。玄関のドアをゆっくりと閉じてそのまま忍び足で歩いていく。
そして歩いて歩いて度の距離まで行き、背後を振り返る。
静かだ。気づかれている様子はない。
僕は一気に走っていく。足音が響かない様に。
そう、鈴美と待ち合わせの予定の場所へと。
「待ってたよ」
鈴美は、笑顔でそう言った。
「いつからいたの?」
「10分前くらい」
「待たせてごめん」
「大丈夫。20分しか待っていないから」
「増えてない?」
「あ、やっちゃった」
そう言って鈴美は「変に気を遣わせないようにしてたの野」と言って笑う。
さて、これから歩いて暫く距離を進む。そしてそこにある店で3時間ほど時間を稼ぐつもりだ。
鈴美と二人歩いていくその時間が何だか心地が良かった。
二人で深夜の町を歩く。
なんだか風情? ムードがある。
僕はその街並みをなんだかいいな、と感じた。
理由なんてわずかしかない。
この空気感、そして、この静けさ。
理由はいくらだってある。
だけど、一つを強いて言うならば、隣に鈴美がいるからだろう。
鈴美と二人で喋っているこの時間。それこそが素晴らしい物だ。
さて、この家で。鈴美曰く、あまり大通りを歩かない方がいいらしい。というのも、警察というまた別の敵がいる。
警察は本来僕たちの味方だ。見方なんだけど、
今回ばかりは敵なのだ。理由は本当に単純なのだ。
補導だ。僕たちは高校生。本来は親の庇護下にまだいなければならない。
そんな僕たちが高校生だけで夜道を歩いていたらどうなるか。
間違いなく不良少年として連行され、親の元に返されてしまう。
そうなれば家出は失敗だ。
鈴美の言っていた、出来るだけ時間をつぶしてからファミレスに行く、というのもそれに近しい物がある。
さて、そんな訳で僕たちは少し裏道をどんどんと通っていく。
「ねえ、すごくない?」
その道中、鈴美がふと口に出した。
「なに?」
一体何の事だろう。心当たりもない。
「もう一時間たってるんだよ?」
その言葉を聞き、僕は自身の腕時計を見る。そこには三治の所に長針があるのが見えた。
「三時」
僕が呟くと、「ね、すごいでしょ」と鈴美。
その通り凄いよ。
「鈴美と話していると、時間があっという間に過ぎるね」
「うんすごいよ。って、いいこと言ってくれるじゃん」
「自分のありのままの気持ちを口にしただけだよ」
そして、またどんどんと歩いていく。鈴美と手をつないで。
そして、さらに一時間、さらに一時間と歩いていく。
段々と足が疲れてきている。
だけど、鈴美と一緒に歩いていると、我慢できる程度の痛みだ。
鈴美と一緒に歩く事。それ自体が楽しい事と思えるのだ。
そしてついに最初の目的地へとついた。
駅だ。今の時刻は五時。ここのファミレスで朝ごはんを食べながら時間をつぶす予定だ。
「はあ、疲れた」
鈴美がそう言ってソファに座る。
僕はその向かい側の椅子に座った。
椅子が柔らかくて座り心地抜群だ。
それにずっと外だったから、少し安心できる、
「僕も疲れたよ」
流石に一日中歩きっぱなしだったから、疲労がたまっている。
鈴美との会話で癒されながら、とはいえそれにも限りがある。
「なに頼む?」
「なに頼もうか」
僕は考える。何が食べたいか。
パスタもいい。グラタンもいい。だけど、一番今食べたいのは。
「ハンバーグ」
「ハンバーグかな」
僕たちは顔を見合わせる。そして互いに笑った。
考えることは同じだった。今は疲労がたまりお腹が空いている。それを癒すには肉とライスが一番なのだ。
僕たちはモバイルオーダーで頼む。僕はスマホを所持していないから、鈴美が代わりに僕の分まで注文をしてくれた。
そして注文を頼むまでの間、僕たちは無言だった。無言で只互いの顔を見つめる。
会話ならここに来るまでの時間で十分にしてきた。いまするべきことはただの急速だ。
ゆっくり休んで、これからの電車の旅の英気を養う。ただ、それだけだ。
そして、暫くの時がたち、食事が届いた。ミルもおいしそうなものだった。
僕たちは早速食事を開始した。
「美味しい」
僕はそう唸った。
空腹だったからだろうか、中々の美味しさだ。
それに僕は今まで、ほとんど外食なんてしてこなかった。
だからだろう。こんなにもおいしいと感じられるのは。
鈴美を見ても、幸せそうに食べていた。
食事の間も、僕たちの間に会話は生まれなかった。
よく、無言でも気まずくない関係こそが、仲の良い関係、なんていうが。
僕たちの置かれている今の状況こそがまさに、そう言う状況だろう。
さて、ご飯を食べ終わると、僕たちはドリンクバーを楽しむことにした。
「ねえ、見て」
鈴美が僕にコップを見せる。そこには、コップの中にコーラとアイスティー(たぶん)が混ぜられていた。
なんていう組み合わせだ。だ
けど、それを持つ鈴美の笑顔を見て、幸せだなと思った。
「よし」僕は立ち上がる。「僕もまた変なブレンド作ろうか」
「え、陽太君も」
「うん」
僕はそう言って、そのままブレンド探しに出かけた。
そして、色々と混ぜて持ってきた。
どれも一見すると、まずそうな見た目をしている。きっと大半が飲んでもあまりおいしくはないのだろう。だけどこの中には美味しいやつも混ざっているのかもしれない。
僕はそう思いながら、美味しそうなものを探る。
そして、僕たちは手分けして飲んでいく。最初の一つ。うん、あまりおいしくない。
となれば二つ目だ。
まずい。
三つ目、まずい。
だめだこれ、ドリンクへの冒涜みたいになってしまっている。
とはいえ、作ったものだ。せっかくなら最後まで飲んでやろうとは、思っているのだが。
そして、数々のドリンクを飲んでいく中、一つ明らかにおいしいものがあった。
「これは」
僕は飲む手を止める。
「美味しいの?」
その鈴美の言葉に、僕はただ頷いた。
それを聞いて、鈴美もまた飲む。
「美味しい」
「だろ」
僕がそう言うと、鈴美もまた笑う。
「やっぱり陽太君凄い」
「鈴美は完璧なもの作れたりしたのか?」
「私はだめだあ、全部まあまあ」
「飲めるくらいの?」
鈴美は頷く。
「なら、まだいいじゃないか」
僕の元には、完全なる失敗作が沢山ある。それに比べればまだましと言えるだろう。
「うん」
鈴美は朗らかな笑みを浮かべた。




