第54話 プール
そしてそのままテストシーズンが始まった。
僕たちは勉強をきちんとしてきたから、点数は取れる。
そう、90点とかは無理でも70点くらいならお手の物だ。
結局あの後、芹原たちに理不尽に勉強会に誘われることもあった。だけど、そこまでしつこくはなかった。
あの後鈴美の提案で逃避行のスケジュールを一週間早めにするという話になった。
少しでも早く行動しないと、終わると思ったからだろうか。
それこそ僕が襲われるとでも思ったのだろう。
当然の話、芹原たちは僕が逃避行をしようとしていることに気づいていない。
彼女らはいつか僕を襲えばいいと思っているはずだ。
だけどその実、僕は先に逃げることができるのだ。そう、鈴美の実家
そうなれば成功なのだ。
と、そんな事を考えている暇ではない。今はテスト――世界史の穴埋め――を完全に解かなければならない。
僕は、空欄に歴史上の人物の名前を入れていく。
すんなりと名前が出て着たり、出てこなかったりだ。
そして、テストが終わった。僕は軽く額を拭う。
「どうだった?」
鈴美が訊いてきた。
「大丈夫だと思うよ」
「ならよかった」
そう言って鈴美は笑う。
そうしてテストをどんどんとこなしていく。
色々と脳裏で悩ましい事はあるが、それは一旦置いておこう。それは後で考えたほうがいいのだから。
そしてあっという間にテストが終わった。
本来テストシーズンなんて言う物は長く感じる物だ。
なぜならば、緊張するからだ。
さっさと終われと思うのが常であろう。
しかし、今回僕はあまりたいしては何も思わなかった。
それはもっとでかい緊張が会ったから、に他ならないのだ。
そしてテスト返却が終わればもう夏休みだ。
そう、僕にとっては最も緊張するような事柄なのだ。
無事にこの家から脱出して、速く鈴美と一緒に過ごしたい。
夏休み初日から早速色々と連絡を取り合う。
そう、家での計画だ。
まず計画として、家にスマホを置いておく。これは前提だ。
スマホには位置情報サービスが搭載されており、それは親の許可不許可によって位置情報を所得するかが決まる。
僕のスマホはあくまでも、お父さんに買ってもらったものだ。だけど僕の今の親は母さんという事になっている。
だからこそ、位置情報サービスが登録されていても不思議ではないのだ。
そして二つ目。逃走は夜中の二時に。荷物は最低限にして、こっそりと家を出て行く。
その後は、駅の近くのカラオケに行き時間をつぶしてから始発に乗る。
三つ目。鈴美の家に着いたら、二人一緒の部屋で寝る。
これはあまり関係のない事だけど、鈴美と一緒に寝たいからだ。
そうやって計画は立てた。
失敗しても一時的に逃避することで気持ちが楽になるかもしれない。
そう思ったら楽なものだが、それでも不安は色々と残ってはいる。
僕は母さんや芹原を恐ろしいと思っているのだ。
だけど、いい結果になることを願っている。
そして僕は今。
まさかの芹原たちと一緒にプールに来ている。
どうしてこうなったか、考えればすぐに答えが出る。僕は、連れてこられたのだ。
半ば強引に。
嫌ではあるけども、でもあと数日で解放されるならいい。
これが芹原に付きまとわれる最後の番だ。
今僕は更衣室で一人着替えている。
一応鈴美に連絡は取った。今プールに連れ込まれていると。
来てくれたらいいが、高望みはしない。
そしてプール。僕は、プールに入って早速泳ぐ。
プールに行くのは久しぶりだ。去年はプールに行っていない。
が、中々気持ちがいい。泳いでいて楽しいと思える。
「お待たせ―」
そこに芹原が来る。ビキニだ。胸元が出てて、ぶっちゃけエロイ。
しかし、こいつにそんな感情を得てはいけないと、慌てて首を振った。
「お兄ちゃん、抱いたら?」
相変わらず紅葉ちゃんはそのようなことを言う。
「エロいって思ってるんでしょ」
「僕は泳ぐ」
そう言って水の中にもぐる。
「アハハ、照れ隠し」
そう、紅葉ちゃんが言うが、無視をした。
結局僕は、トラウマは克服してる。だからと言って一緒にいたいわけじゃないんだ。
僕は水の中をひたすらに泳ぎ、ウォータースライダーの階段を上がっていく。
底を上がっていく。この列の間だったら邪魔されることはない。
もし芹原たちが僕の元へと着たら、それはそれこそ順番抜かしだ。
だからこそここはオアシス。誰にも邪魔されることのない安置だ。
僕は今日が早く終わることを願っている。
あと三日で僕はあの家から逃れられるのだ。
そう息を吸う。
楽だ。そう、楽なのだ。誰にも邪魔されずに階段を上がっていくこの時間は。
多分僕だけだろう。
ウォータースライダーの階段をのぼりながら、滑りたくない、と思っているのは。
だけど、いつかは順番が来るもので、僕は30分後にスライダーを滑った。
もの凄い勢いで滑り落ちていく。
あまりジェットコースターが得意ではない僕だけど、でもこれはいい具合に楽しかった。
そして下に着く。
「あ、陽君来た」
そう、芹原が言う。僕はその時には一番下に来ていた。
「楽しかった?」
「うん」
僕あそう言って外に向かおうとする。その僕の腕をからめとったのは芹原だった。
「一緒に行こ、陽君」
恐らく僕たちはカップルに見えているのだろう。
こんなこと、本来ならカップルでしかできない事だ。
そして僕は芹原に促されるままに彼女の後をついていく。
そして、着いた先は屋外プールだ。
僕は今から芹原と何をしなければならないのか。覚悟を決めなくてはな、そう思った。
そして芹原はおもむろに自分のカバンからボールを取り出してきた。空気の入ってないぺちゃんこなボールだ。この時点で何をするつもりなのか、なんとなくわかった気がした。
芹原は早速息を吹き、ボールを膨らませていく。
今からボール遊びに付き合わされるのだ。
カップル感がする遊びだ。
嫌だなあ。
あれから鈴美から返答が来たのかどうかは、未だに分からない。
鈴美がこのプールに来てくれるのかどうかも。




