第53話 ビジョン
その質問に、紅葉ちゃんの表情が軽くよどんだ。
まるで、緊張感を醸し出すように。
「それってお兄ちゃんと?」
「いや、一人の時とか」
「そうだね。うーんと、ゲームしてるー」
無邪気に紅葉ちゃんはそう答えた。
「どんな?」
「鈴美」
僕は耐えきれずに鈴美にそう言った。
これはまるで圧迫面接だ。
圧をかけて、何か言い間違いをするのを待っている。
そんな感じに見えたのだ。
「大丈夫」
鈴美は言った。
「最近はポ〇モンの新作にはまってるね」
なるほど、年相応だな。
中三ならハマっててもおかしくない。
というか、何だこの時間は。
緊張感しかないんだけど。
その後も、鈴美の尋問は続いた。
それこそ、僕と芹原が互いに顔を見合わせて、どうするみたいな空気を呈するくらいには。
こんなこと普段はない。
何しろ、芹原と同じことなど絶対に考えたくない事なのだから。
だけど、ある一点を介して空気が一変した。
そう、鈴美の一言において。
「そう言えば、陽太君と子育てをしようって聞いてたんだけど、紅葉ちゃんもそれに賛成なの?」
かなりとげのある言い方だ。結構きつい言い方だ。
今ここでこんなに攻め立てていいのかな、とは思うが、それは鈴美にも考え合っての事だろう。
あまり口出しするべきではない。
僕は口をつむった。
「賛成だよ」
「高校生のうちに子供を産むことも?」
「うん、あたしどうせ高校出ても出なくてもいいし、何とかなると思うもん」
確かに、彼女の高校は毎日登校しなければならないわけじゃない。
子どもが出来ても何とかなる。
「それに、あたしは別に縛ろうっていう訳じゃないしね。陽君の子どもが出来たらそれでいいの。いざとなればあの子を頼るし」
相原さんの事だろう。
それに、母さんもいる。人では余裕で足りているはずだ。
「それは分かった」
そう鈴美は一言言って、
「でも、陽太君が嫌がってるならするべきじゃないじゃん」
「なら御堂さんも、陽君に子ども作ってもらったらいいじゃん」
「っそう言う話じゃない」
鈴美は軽く顔を赤くする。意識しちゃってるわけか。
「二人とも子供を作っちゃえば解決じゃん」
「そもそもそれは僕が嫌なんだよ」
僕は小さな声で言った。
「僕は子どもを産まない。僕の……だけ欲しいってことだろ」
流石に肝心なところはぼやかした。けれど言いたいのはそう言う事なのだろう。
「うん。そうだよ」
「それならもう子供を産ませようとしないで……」
それこそが僕の嫌な事なのだ。
「ほた、陽太君もこういってるんだから」
「でもあたしは産みたいよ」
「なら、最初裏切ったのはどうなるの?」
「あの時は陽君の苦痛に満ちた顔を見るのが好きだったけど、今は普通に愛し合うのが好きなの」
「僕にとってそれは普通じゃない」
「でもボクは恵奈ちゃんとお兄ちゃんに愛し合って欲しいよ。それに弟妹欲しいし」
結局こうなるのか、と軽いため息をつく。
これじゃあただの喧嘩だ。それに周りに声が漏れてしまっている。
異様なテーブルになってしまう。
これじゃあだめだ。
「そもそもの話だけどさ、僕たちは勉強のためにここに来たんだよね」
このままじゃ全員勉強できないまま、ただの言い争いで終わってしまう。
そうなれば今日は勉強会としての意味を完全になくすことになってしまう。
終わりを迎えることになる。
「そうだけど……」
芹原が小さな声で言う。
そして紅葉ちゃんと目を合わせた。
「結局これはすぐに解決する話でもないし、今日は勉強に集中しないか?」
「っそうだね」
鈴美がそう返した。
「でも最後に一つだけいい?」
「なに?」
「子どもを産むとして、その後のビジョンとかはあるの?」
「ビジョン」
「うん、子どもをどうやって育てるかとか」
そう言って鈴美は芹原をじっとにらむ。
「お金とかは?」
「お母さんが持ってる」
「育てるのは」
「ボクたちがする」
「仕事は?」
「しないでもお金あるし」
結局は母さんだよりっていう事だ。
今の紅葉ちゃんの返答に全部頷いていた。
「結局他人頼りじゃん」
「でも結局子供産んでたら少子化対策にはなるじゃん。義務は果たしたことにならない? それに、陽君が家に残ってくれるなら仕事してもらったらいいし」
「はあ」
鈴美は分かりやすいでかいため息をついた。
「もういいわ。やっぱり信用できない」
そう言って鈴美は僕の手を取った。
「一緒に二人きりで勉強しよ」
怒りに満ちた声だ。
もしかしたらの希望を打ち砕かれたという事か。
恐らくさきほどの質問は、本当に家出をする必要があるのか。それを問いただすための質問なのだろう。そしてたった今、逃避行をする必要があるという結論に至ったのだ。
鈴美が怒っていることは、恐らくビジョンがあいまいな事に関してだろう。
全部、母さんの資産だよりで、自分たちで何ともする気がない。そんな態度に苛々としたという事だろう。
恐らく僕が母さんたちに従順で、子どもを産んだ場合、恐らくは、子どものおままごとみたいな育児が開始されることなったのだろう。
それこそ、僕は管理されるままだ。
僕も今ので、逃避行をする必要があると、改めて感じた。
「あたし陽君と一緒に勉強したいなあ」
「でも私、絶対陽太君を渡さないから」
「それはあたしも同じ」
そう二人共見つめ合った。
その後再び勉強が開始した。しかし、その雰囲気はあまりよろしいとは言えない。完全に中央に壁が出来ている。
勿論実際にあるわけではなく、イメージ的な話だが。
その後は険悪なムードの中、勉強会は終わりを告げた。
その後家に帰っても、会話がないままだ。
後少しでこの状況から、解放されるかもしれない。というのは分かってはいるが、流石に気まずい。
だけど、今日の問答。少なくともいい結果は与えたと思う。




