第47話 弱み
その次の日、僕たちは実家に行った。勿論、あの話を聞かせてもらうためだ。
家に入ると、そこには父さんもいた。
あの体育祭以来父さんとはほとんど会えていない。
だからこそ、不思議な感じがする。
たったの二週間あっていなかっただけなのに、こんなに懐かしく感じるのか。
今までも父さんにはたまにしか会えていなかったのに。
僕たちの面前に立つ父さんは緊張した顔をしている。
完全なるシリアスモードだ。
「陽太、久しぶりだな」
そしてやつれている。僕が母さんの家に行ってからも苦労してきたんだろうなと思う。
「陽太、今日は僕たちの馴れ初めについて話したいと思う」
「父さんと母さんの?」
その言葉に父さんは静かに首を縦に振った。
「僕たちはしがない学生だったんだ」
そして話が始まって行った。
そこに、父さんの抱えている、僕に対して秘密にしている弱みについても聞けるのだろうか。
僕は鈴美を見る。
すると彼女は頷いた。
そして僕たちは静かに話を聞くモードに入った。
★
僕、笹原陽介が、嫁だった竹沢美奈と出会ったのは、学生の時、大学生だった。
僕はあの時、漫画研究会に所属していた。
そこに入ったのが美奈だった。
彼女は当時から可愛らしい顔立ちだった。
その可愛らしい黒髪に僕は見惚れてしまった。
その時だった、僕が彼女の事を好きだと感じたのは。
「何見惚れてるの?」
美奈さんが言った。
図星を突かれてドキッとした。
「なんてね。私を見てたら好きになるよね」
そう言って美奈さんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「自信満々なんだね」
「もちろんよ。私何人もの男を既に落としてるから」
「それはどういう?」
「私、もう五十人もの人に告られてるのよ」
五十人。僕には想像もつかない数だった。
何しろ、僕は童貞だったのだから。
その時には、僕が彼女と付き合う未来なんて見えなかった。
「私が好きなら、私の一番になれるように努力してね」
その言葉に従うように、僕はその日から努力するようになった。
努力と入ったって、大したことはしていない。
筋肉をつけるためにジムに通ったり、身だしなみを整えたり、大学でのGPAを上げたりとか、人として最低限のものだ。
だけど、それらすべて美奈さんの目に叶ったのか。
大学三年生になった時、僕は美奈さんと付き合う事に成功した。
それが、まさかあんなことになるとは思わなかったけど。
それから、大学卒業後、僕たちは互いに仕事をしながら、同棲することとなった。そして、二十七の時に念願のマイホームを買え、そのまま僕たちは一緒に過ごせるようになった。
美咲を生んだ時は良かった。
あの時は人生の最盛期だったと思う。けれど、それから僕たちの関係は崩れてしまったんだ。
そう、僕はその時、既に美奈が不倫していることについて知らなかったんだ。
それは陽太が生まれた日にも知れなかった。
陽太が僕の子どもではないなんて。
全くそんな事を考えていなかったからこそ、単身赴任にも快く送った。
保育園に入れられたので、僕の負担はそこまで大きくはなかったのだから。
僕が美奈の不倫について知ったのは、その七年後だった。
美奈の様子がおかしいと思ったから、探偵を雇った。
そして、美奈の秘密を探らせたんだ。
そしたら、美奈が実は不倫していることが判明。そして、陽太が僕の子どもではない事、美奈が他所で子供をたくさん作っていることが判明した。
美奈の単身赴任中に二人も子供を産んでいたのだ。
僕は視界が真っ暗になった。
この先の未来が見えなくなった。
僕はその時気が動転していたんだと思う。
僕は陽太に対して、愛情を注いでいい物かを迷った。
僕は、その日。
★
そこまで話してから、父さんの顔が暗くなった。
そこが、父さんの弱みなのだろうか。
僕は唾をのんだ。
僕に対しての不義理なのだろうか。
それとも、他所の人間に害をなした。例えば犯罪など。なのか。
「僕はその日、美奈が不倫しているという事を美咲に伝えてしまった」
そう、静かに父さんは言った。
その言葉には重みがあった。
「今思えば、どう考えても美咲にそのことを言うべきじゃなかった。美咲はその時、は強く唇を簡単だ」
その時、姉ちゃんは確か中学二年生だったはず。
「その後、美咲は事件を起こしてしまった」
今度は姉ちゃんがうなだれる番だ。
「お父さん、そこからは私が言う」
姉ちゃんがそう、手を上げた。
ここから肝心の弱みの話に入ったのか。
「その日、わたしは怒りを感じたの。だから、わたしは」
そう言って姉ちゃんは手で顔を覆う。
「私はお母さんのもとに行ったの」
そして、姉ちゃんは静かに言った。
「私はお母さんを殴ったの。そこには、別の男性もいた。今考えたらその人がお母さんの不倫相手ね」
そして、不倫相手と母さんをまとめてぶん殴った。
そのせいで不倫相手は病院送りになった。
その時、勿論被害届を出しても良かった。しかし、その時こけて自分で刃を負ったことにした。
その結果、弱みを握られた。しばらくその間は弱みを使われることがなかったが、
今使われた。
それが事の顛末、らしい。
ちなみにその不倫相手は、その結果として、下半身が不自由になったらしい。
更に母さんも、その結果顔の針を縫ったらしい。
それが弱みだ。
こうして聞くと、姉ちゃんはかなり暴れたみたいだ。
これは弱みになってもおかしくない。
よく考えれば母さんには針で塗ったような傷跡があった。
今考えればあれは姉ちゃんが与えた傷だったのか。
更に、聞けばそれだけじゃない。
更には、母さんの知り合いに株主がおり、やりようによっては父さんを首にすることもできるみたいだ。
僕はスマホを見る。もう17時半だ。帰らないといけない。
僕は、鈴美と一緒に歩いていく。
「大変なことになったね」
鈴美が言う。
そう、その通り、大変なことになった。
「姉ちゃんがまさかそんな暴れたのか」
そんな中裁判で父さんが勝てたのは、シンプルに僕たちがいらなかったから。
だけど、お金を手にしたら、支配するために連れて来ようとしてたことも聞いた。
母さんは思ってた以上に手ごわい相手なんだな、と思った。
「これからどうする?」
「どうしよう」
困ったことになっている。
大分どうしたらいいのか、分からなくなっている。
「とりあえず、鈴美」
「なに?」
「抱き着かないか?」
「え?」
鈴美は動揺する。
「鈴美の力を借りたくて」
そうじゃないと、家で耐えられそうにない。
「もう、変態」
変態って何だよ。
そう思ったが、鈴美の顔を見ると、朗らかに笑っている。
鈴美も嬉しいんだな、と思い、鈴美に抱き着く。
「えへへ」
それをうけ、鈴美もそう言って笑った。
「あれ、お兄ちゃん」
その声に俺は驚いた。
俺は恐る恐る振り返る。
そこには、紅葉ちゃんと、芹原がいた。




