第44話 元気
SIDE鈴美
最近陽太君の様子が変だ。
さいきんずっと、暗い顔をしている。
私が話しかけても何も答えてくれない。
昨日からだ。昨日、いや一昨日に嫌なことがあったのだろうか。
私ともあまり目を合わせてもくれない。
申し訳なさそうな顔をしている。
そもそも、あの体育祭の日以降も陽太君は私とは喋りにくそうにしていた。
そこも関係しているのだろうか。
きっと陽太君は、ずっと、人を避けているんだ。
あの、転校当時の、人が苦手だった陽太君に戻っているんだ。
陽太君のお母さんの家には、芹原恵奈もいるという話を一度陽太君から聞いた。
おそらくは陽太君のお母さん、もしくは芹原恵奈に負けてしまったのだろう。心が折れてしまったのだろう。
私に出来る事は何かあるだろうか。
今の陽太君の状況に対して、
陽太君のお父さんや、美咲さんにはほとんど何もできていないらしい。
というのも、裁判で負けた手前、手が出しにくい状況だからだそうだ。
でも、私は本当の事を知っている。あの後、美咲さんが教えてくれた。
陽太君のお父さんが、弱みを握られていることを。
陽太君のお父さんが過去に犯した過ちのせいで。
私にはそこまで陽太君を助けられているという自信がない。
だって、そこまで力にはなれてないんだもん。
ずっと、私は陽太君に何が出来るかを考え続けていた。
その結果、何もできていない。
悔しいことに。
私は自分の事を完璧な人間だなんて全く思っていない。
私は不完全な人間だ。
他の女子高生に比べても私なんて絶対に大した人間じゃない。
でも、不十分ながらに、私は陽太君を助けたい。
陽太君は私にとって大事な人なんだから。
「陽太君」
私は、彼に話しかけた。
今の状況が不甲斐ないとは、私が一番思っている。
陽太君に対して何ができるか、それを考えれば答えはすぐに見えて来る。
「遊びに行こ」
そう、私は笑いかけた。
陽太君を助けるには、いつも通りに接することが大事だ。
答えてくれない。今度は彼の肩を掴みながら「遊びに行こうよー」と言った。
答えない。
むむむ、手ごわい。
そして、五回くらいその問答を繰り返した後、
「僕の事はいいよ」
そう、彼は小さな声で言った。
よほど苦しんでいるのだろう。
「ほっといてよ」
そう言って私の手をはねた。
ここ数日彼は、私を避けるようにして行っている。
彼は私に配慮しているのだ。
他人のように振る舞っているのは、私を巻き込みたくないから、なのだろう。
芹原さんや、陽太君のお母さんに何かを言われたのかな。
「僕は人と関わりたくないんだ」
案の定ね。
わたしだって陽太君の事を助けたい気持ちには変わりがない。
例え、彼が、彼自身が心を閉ざしていても。
「ねえ、一つ言いたいことがあるの」
「なに?」
陽太君はけだるそうに言う。
「私が行きたいから、行くの。陽太君の意志なんて関係ないよ」
「は?」
彼は目を見開いた。
「いいでしょ、行こ」
私は彼の手を取る。
「っそんな勝手に」
「ほら行こう」
私は彼の手を確かに取って、前に進んでいく。
彼は顔を俯かせる。
「大丈夫だよ。陽太君は私が守るから」
そう言って私は出来る限りの笑顔を見せた。
★
鈴美は僕を慰めようとしている。
僕は鈴美の事は好きだ。だからこそ、ほっといてほしい。
もし僕がまた鈴美に関わったら、芹原がやってくる。
昨日の脅しはマジだ。ボクとかかわることでまた、誘拐とかいじめとかそんな問題が鈴美を襲うのだろう。
鈴美には鈴美の人生を生きて欲しい。
僕はもう、終わってる人間だ。
毎日地獄が続いている、
地獄。そう、地獄だ。僕はずっと、耐え忍んでいる。
毎日芹原に抱かれている。
これは、エッチな事ではなく、一緒に寝ているという意味だ。
紅葉ちゃんとも一緒に寝させられている。
自部屋なんて存在しない。家に逃げ場がない。
それに実際に人を殺しているという実績もある。
僕は、そんな地獄を生きている。
僕はもう、諦めている。もうどうでもいいんだ。全てがどうでもいいんだ。
芹原の脅しを除いても、僕はもう鈴美を巻き込みたくない。
鈴美は僕の大切な人なのだから。
なのになぜ、ここにきてまた鈴美は僕を引っ張ってくれるのか。
僕にはそれがよくわからなかった。
「ねえ、陽太君。陽太君は知らないでしょ」
「何が?」
「私が好きで陽太君を引っ張ってるってこと」
「好きでって言われても」
僕にはもう、その言葉を信じられない。
想像を超える絶望的な日々を過ごしているからこそわかる絶望。
僕はもう疲れた。
「僕はもうだめなんだよ。結局耐えられなかった。あの絶望の日々に。僕はもう変われないんだ。変われないんだよ。だからもう鈴美も僕に関わらないでくれ。僕と同じ苦しみを味わわないために」
そう言ってうぅと泣きわめく僕の背中を優しく撫でる手があった。
「そのことに関しては考えがあるの」
「考え?」
「一緒に逃げようよ」
逃げる。
逃げるだなんてこと考えていなかった。
そうか、言われてみればそうだ。
「でも、高校とかは?」
「私に手があるの」
そう言って手を広げた。
「別にずっとじゃなくてもいいじゃん。一瞬でもいいじゃん。それだ得k逃げられたら何とかなるよ」
「なんて、お気楽な」
「お気楽って何?」
そう言って鈴美はまた笑う。
「逃避行しよ」
逃避行だなんて言われても。
「私、生きたいところがあるんだ」
「行きたい所?」
「うん、こんなにも沢山」
そう言って地図を見せてくれた。
その地図には、様々な地名が乗っている。
「神戸、北陸、九州、沢山あるよ」
「お金は」
「しーらない」
含みを含んだ笑みを浮かべる。
「まあ、ね。とりあえずいいたいのは、大丈夫だよってこと」
そう言って鈴美はまた僕の背中をバシバシと叩く。
「痛いよ」
少し気分が回復してきた気がする。
だからと言って、問題が解決したわけじゃないけど。
そう、鈴美を巻き込んでしまう、という問題が。
「でも、今日はあまり遠くには行けないから近場でお出かけしよう」
そして向かった先。そこは、動物園だ。
「動物園か。なるほど」
「なるほどって何よ」
「気分転換にはなるかなって」
僕はそう頷いた。
あの人には遅くなる連絡はしてない。
だけど、別にいい。
なんか鈴美のその言葉を聞いたら、少し馬鹿らしくなった。
結局鈴美と一緒にいることがばれなければいいのだ。
芹原もそんな全部、動物園の中まで見ている訳じゃない、と思う。実際に近くに芹原の気配なんて感じないし。
動物園で、鈴美にあの話をしよう。
「行こう」
僕は言った。その言葉に鈴美もうなずいて、僕たちはその中へと向かった。




