第四十三話 恐怖の鎖
家に帰った後、
「警察に言ったらボク怒るよ」
そう言って、彼女は去って行った。
この事は芹原も知っているのだろうか。
僕にはわからないことだらけだ。
その日の夜。芹原と一緒に寝た。というよりも三人で寝た。
紅葉ちゃんと芹原に囲まれてだ。
僕は嫌だと言ったが、当然受け入れられなかった。
「陽君と一緒に寝られるなんて、幸せ」
芹原はそう言って笑顔を見せる。
僕にとっては気持ち悪い笑みだ。
「そう言えば陽君。今日、山に登ったんだよね」
芹原のその言葉に僕は、唾をのんだ。
「どうだった? 死体見た?}
こいつは何を言っているんだ?
いや、もう今そんなことを言っても意味がないな。
芹原がどのタイミングで僕の母さんに接触したのかは分からない。
だけど、碌なことは無いだろう。
「死体は見てないよ」
僕の口からその言葉が出てくること自体が、あり得ない光景だ。
「そ、紅葉ちゃん見せなかったの?」
「だって、夜じゃなかったから」
夜じゃなかったから、
バレるリスクがあったからということか。
「まあいいでしょ」
そう言って紅葉ちゃんは、僕の手を掴む。
「ボクはお兄ちゃんが大好きだから」
「どういう原理だよ」
それに、そんな事言われてもあまり嬉しくはない。
「あたしのほうが陽君のことが好きだから」
むーと、不満げに口を尖らせている。
ハーレム。地獄のハーレムだ。
僕は、目を閉じる。
夢の世界に向かいたい。正直今の地獄のような状況から脱したい。
明日学校で、鈴美に会いたい。
「そう言えば、御堂さんのことだけど」
僕の思考を読んだのだろうか、芹原がそんな事を言う。
「なに?」
目を閉じたまま、僕は答える。
「御堂さんと、距離をとって。あたし嫉妬しちゃうから」
目を閉じてるからどんな顔をしているか、わからない。だけど、きっとろくな顔はしていない。
あの人のことだ。自分の身体で表現してるだろう。
「だからお願い」
背中に温もりを感じる。芹原が抱きついてきてるのだろう。
うんざり、叫びたい気持ちを必死で我慢する。
「もう二度と御堂さんと喋らないで」
その言葉には力があった。
まさに僕を言葉の鎖で縛るような。
ボクの中で思考がいろいろと巡る。
僕はパニックになってるなと、思った。
「もし次、御堂さんと話したら許さないから」
そうだ。そうだよな。これが芹原の本性だ。
彼女は、僕を苦しめるためならなんだってやる。
軽く過呼吸になる。
まだ背中には芹原がいる。
心臓の鼓動が速くなっている。
「だから、そういうことで宜しく」
笑顔で芹原が言う。それが、悪魔のように見えた。
その後、僕が寝たふりをしている間も色々と二人は会話をしていた。おかげでなかなか寝付けなかった。
なにしろ、煩かったからだ。
月曜日。僕は学校に向かう。
あの、芹原の言葉が気にはなる。
もう許さないかも、というのはきっと、鈴美をいじめちゃうということだろう。
芹原は実は転校したんじゃなくて、通信制学校に行ったということらしい。
つまり、全日制の学校に比べてだいぶ自由が効く格好だ。
また誘拐事件などがあるかもしれない。
今度あんなことがあって助かるとは限らない。
僕は、鈴美を巻き込んでいいのか?
鈴美に危害が及ぶ事は、僕の最も避けたいことだ。
ならば、僕は鈴美と一緒にいない方がいいのではないか。
そう結論づけられてしまう。
芹原の要求に屈するのか僕は。
そう、歯を噛みしめたくなる。
だけど、それが正解なのだろう。
あの紅葉ちゃんの言い方。それは本当っぽかった。
本当にあそこに死体が埋まっている。
僕は変に抵抗しない方がいいのではないか。
少なくとも、父さんか、僕の弱みを握っている彼女たちには。
学校に向かいながらそんな事を考える。
だからこそ僕は、最寄り駅で待っていた鈴美を無視した。
無視してしまった。
だからこそ、僕はだめだ。
芹原に屈してしまった。
鈴美に話しかけようとしても、口が動かない。
足が動かない。
芹原はいつでも僕を虐められる格好になっている。
今の僕には父さんや姉ちゃんも、信用が出来なくなっている。
僕の心は鎖で縛られてしまった。
これが解放されるのはいつの事だろうか。
ため息しか出ない。
それからも、僕は鈴美を無視した。いや、返事が出来なかった。
鈴美もそんな僕を見て深くは追及することはない。
追及できないのだろうか。
だけど、安心する。
鈴美は僕のいないところで。
僕は、一人で苦しむだけだ。
大丈夫だ。死ぬことなんてない。
高校を卒業してきっかけを手に入れたら。
いや、それはいつなんだろう。
それは永久に遠い道に思えた。




