第42話 山登り
それから僕が家に帰るたびに、そこは地獄だなと毎回感じる。
「おかえり、陽君。ご飯作ったよ」
そう笑顔で言う芹原に心底嫌気がさす。
鈴美と一緒に住みたい。そう、何度思っただろうか。
嫌いな人に向けられた好意ほど嫌な物はないのだ。
勿論、それが好意とは限らないのが、今の嫌なところなのだが。
僕は息を吐く。
「母さんは?」
「お仕事だよ。最近忙しいみたい」
「それよりも、お兄ちゃん」
そう、紅葉ちゃんが言う。
「一緒に遊びに行こうよ」
どこに?
そう、僕は心の底から聞きたくなった。
正直彼女も嫌いだ。理由は可哀そうなものだけど。
「一緒に行こうよー」
心から嫌な声で言った。
顔合わせから二日経っている現在。
実のところ僕と彼女とではそこまで、関わったことがない。
向こうから一方的に食い掛ってくるだけだ。
正直遊びに行くのは嫌だ。
……嫌だけど、でも僕は行ってみたい。彼女の本心を知りたい。
喋ったことも無いのに、否定する。
そのようなな行為をしていいのかと悩んだのだ。
「行こう」
もし嫌だったら逃げよう。
その翼は、鈴美から受け取っている。
物は試しなのだ。
「やった!!」
果たしてその笑顔は、心の底からの物なのか、それとも演技なのか。
それを今知る方法は僕にはない。
だけど、
「じゃあ、明日の土曜日、ボクと一緒にお出かけしよ!!」
そう言って僕の手を握ってくる。
ああ、吐き気がする。
行きたくもないお出かけに行く。我ながら、とんでもなく嫌な選択をしたものだ。
だけど、それが吉に動くことを。僕は心の底から願っている。
その日の夜。
僕はあまり寝付けなかった。
というのもやっぱり色々と思索が巡ってくるのだ。
思索、つまり。明日への恐怖だ。
鈴美に力を貰えたとしても、やはり怖いのだ。
僕は弱い人間だ。弱すぎる。心が折れるのが早いのだ。
隣を向く。
鈴美はいない。
明日、僕の心が壊れたとしたら、鈴美を抱こう。
抱きしめよう。
そう心の底から思う。
僕にとって明日は試練の日でもあるのだ。
翌日。僕は紅葉ちゃんと一緒に歩いていく。
周りから見たら彼氏彼女だと思われるだろう。実際は、妹?だが。
「お兄ちゃん、手、つなご」
わざと言ってるのだろうか。
手なんて繫ぎたくない。
それよりも聞きたいことがある。
僕はドキドキしながら口を開く。
「君は、どうしたんだ」
「なに?」
可愛らしい笑顔をこちらに向けて来る。
多くの男子はこれでいちころ、だろうな。
「僕は母さんの事が好きじゃないんだ」
「知ってるよ。それが信じられない」
驚き!みたいな表情を見せる。
「僕がいない間、何があったんだ?」
僕は母さんとは10年近く会っていない。
その中であの人に何があったのか。そこがずっと気になっている。
「それに、僕の妹だとしたら、君はあまりにも年齢が行き過ぎている」
そう、彼女は中二だ。中二、僕よりも三つ下だ。
もし母さんが男なら、あり得る話だ。他の女に子種を付けていればいい。
だけど、母さんは女だ。
ひっそりと子供を産むには難しい。
「ボクはお兄ちゃんの妹だよ。そこには変わりがないよ」
「君は芹原みたいなことなのか」
「恵奈ちゃん?」
首をかしげる。
「ボクとお兄ちゃんは血がつながってるよ?」
「でも、なら母さんはいつ生んだんだ」
「そっか、知らないんだね」
そして、その場でくるりと一回転。
「ふふ」
そう言って気味悪い笑みを浮かべた。
「君が三歳の時に、母さんが一年間単身赴任してたことも知らないんだ」
その事なら知っている。
だから、父さんと、姉ちゃんが一緒に僕を育てていたはずだ。
つまりその時から、不倫してたのか。
「知ってたけど、まさかその時にとは思わなかったんだ」
「ふーん、そ」
「で、その不倫相手は?」
「不倫相手じゃない。ボクにとってはお父さんなんだもん」
そう言って、紅葉ちゃんは頬をぷくーと膨らませた。
「お父さんは死んだよ。一年前に」
死んでいたのか。
「だからボクにとっては肉親はお兄ちゃんと、お母さんさけなの」
その言葉に僕はどう返せばいいのか分からない。分からないのだ。
「それよりも、そろそろつくよ」
そこにあったのは、山だ。豪快にそびえたつ山だ。
「まさか」
「うんっ!! 今日は山登りをするよ」
山登り。まさか山登りだとは思ってなかったな。
出発前に水筒に水を入れていたのは、そう言う事だったのか。
「今からこれを登るの?」
「うん。覚悟しててよね」
はあ、憂鬱だ。
鈴美と一緒に登りたい。
「そんな顔しないで。頂上には、お兄ちゃんが見たい景色が待っているんだから」
そう言って、上へと上がっていく。
紅葉ちゃんはまるで登り慣れているかのように、ぐんぐんと、猛スピードで上がっていく。
この道は見た所そこまで整備はされていないようだった。
コンクリはともかく、木などで道も舗装されていない。それに道も角度が急で、気を抜けば振り下ろされそうだ。
それを軽々と登って行ってる。
こいつは、恐ろしいな、と思った。
「お兄ちゃん遅い」
一個目の休憩場所ともいえる、ベンチの上に座って僕を待っている紅葉ちゃんの姿があった。
手にはアイスを持っている。
「はあはあ、悪かったですね」
もう、だいぶ体力は切れかけている。
「もー」
足をバタバタとさせる。
「何回も登ったことあるの?」
「うん。10回くらいあるよ」
「すごいね」
「うん」
そして僕もあ椅子を買ってベンチに座る。
「アイス美味しいでしょ?」
「そう、だな」
疲れた後、食べるアイスほど美味しい物は他にない。
「っこれで四分の一だから、まだまだ頑張ろう」
「うん」
本音で言えばもう無理だ。
だいぶ体力は削られている。
だけど、登って行かなくては。
紅葉ちゃんに襲いと何度言われただろう。ようやく僕は頂上にたどり着いた。
「もう無理だ」
僕はその場に寝転がる。当然床は土。汚い行為だ。
だけど、とにかく寝転がりたかった。
「ふふ、お兄ちゃんお疲れ様」
そう、にっこりと笑った後、
「ここ」
彼女が足で床をトントンと叩く。
「ここ?」
「うん、ここにお父さんが眠ってるの」
その言葉を僕はすぐに理解できなかった。
そう、まさにそうだ。
ここに眠ってるなんて言われて、理解できるはずもない。
「家族になるんだから、情報共有したいなって思ってきたんだよ。勿論お兄ちゃんとお出かけしたかったが一番だけどね」
「……」
やばい、芹原に見えてきた。
目がくらくらする。
「ああ、ここからが大事なのに」
倒れようとする僕の体を紅葉ちゃんが支える。
「ボクお義父さんをここに埋めたの。自分の手で」
「何を言っているんだよ」
何一つ理解が出来ない。
「ボクはさ、お父さんの事が好きだったの。だけど、お母さんがお父さんを殺しちゃって、ボクが埋めたんだ」
「つまり君たちは人殺し?」
「うん」
やけにあっさりと重要なことを言う。
「これで、共通の秘密が出来たね」
「あ、ああ」
「じゃあ、お兄ちゃん帰ろー」
そう言って僕の手を引き、降りていく紅葉ちゃん。
訳が分からないと思っているのは、僕だけなのだろうか。
理解が追い付かない、じゃなくて単純に理解が出来ない。
こんな気持ちは何度目なのだろう。
僕はまた人の事が信用できなくなるかもしれない。




