第38話 お母さん
僕はすぐに体勢を取り直し、立ち直った。
僕のせいでボールが落ちた。だけど、そんな事はどうでもいい。
何で母さんがここにいるんだ。なんで見に来ているんだ。
今更、父さんと寄りを戻そうって?
僕たちを捨てた母さんに、そんな事が許されると思ってるのか?
ああ、また芹原が問題になると思ったら、今度は母さんかよ。
僕のストレスの種をこれ以上増やさないでくれ。
ああ、ふざけないでよ。
僕の平穏な生活をこれ以上脅かさないでくれよ。
イライラする。
結果今度の球は僕の所に落ちず、助かった。
そして、次の攻撃が始まる。
「はあ」
僕はため息をつく。どうしてこんなことになってしまったんだ。
「大丈夫?」
井達君が訊いてくる。大丈夫なわけないでしょ、というのは流石に失礼かな。
考えた結果、
「大丈夫じゃない」
とだけ答えた。
大丈夫、と本当は答えたいところだ。
何しろ、大丈夫?と訊かれた場合、そう返すことがベストとされているのだから。
「何があったかは……訊かないほうがいい?」
歯切れが悪そうに言う。
訊きづらいのだろう。
「いやいいよ」
僕は行った。
言うのには勇気がいるはずなのに、最近の僕はその栓がゆるゆるになっている。
「言うよ」
僕がそう言うと、井達君は耳を傾ける。
周りに聞こえないようにの配慮だろう。
実際他の人達は応援に夢中になっているからか、僕たちの会話は聞こえっこない状況だけど。
「僕の家を捨てたお母さんが来ているんだ」
その言葉を聞いて、なるほどと、すぐに井達君は言った。
母さんの話はしたことがない。それこそ、知ってるのは鈴美だけだ。
芹原にすら深くは話していない。
親が離婚した、としか言っていないはずだ。
「理解できたの?」
僕が訊くと、彼はすぐに頷いて見せた。
分かってくれるんだと、素直に安心した。
「家でもめ事があって、親が来ていてそれを見るのが辛かったんだろ」
「理解が早すぎて驚くよ」
「そう言う漫画をよく読んでいるからな」
やっぱり理解が早すぎる。
漫画は人の理解を助けるのだろうか。
「今はもう大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど、心の整理は少しついた」
状況を脳だけではなく、心でも理解した。
今なら、大丈夫。
「でもよかった。終盤で」
おかげですぐにベンチに変えれ、試合の事に脳を割かなければならない事態は起きていない。
「そうだな」
そう、腕を組みながら、彼は言った。
試合はそのまま二対0で勝った。
その後、席に戻る。
トーナメント上、三試合やる。その中で、他のクラスの試合が終わっていないのだ。その勝ち上がったチームと僕たちが勝負する。
「大活躍だったね。おめでと」
鈴美がそう声をかけてくれる。
僕はその言葉に、何も返さない。その時点で、僕に何が起きたかをすぐに理解したのだろうか、鈴美が優しく背中を撫でてくれた。
「何があったの?」
その言葉はまるで聖母のよう。
僕は携帯を開く。勿論の事、スマホは禁止されているからこっそりだけど。
例の芹原から送られたメールを見せながら状況を説明する。
「許せない」
鈴美は内から絞り出すように言った。
怒りが満ちている。
「懲りてないの?」
「落ち着いてよ」
僕は鈴美の目を見て言う。
その言葉を聞き、鈴美は「そうだね」と、拳を収めた。
「これ、先生に言うべきじゃない?」
「問題ごとにしたくないから、あまりしたくない。僕はそれよりも」
それよりも、母さんに対する対策の方が先だ。
今は、まだ。向こうには行けない。逆に言えば母さんもこちらには来れない。
しかし、どうして今更母さんが動き出したんだろう。
僕にはわからない。
あの人の考えていることが。
『いい? 私はお父さんに追い出されたの』
『なんで私のところに来ないの?』
『あなたは実の母親よりも、あの父親を選ぶのね。血も繋がっていないあの父親を』
『あんたなんて私の子どもじゃない』
あんな言葉を吐いたくせに、今も家族の輪に戻れるとでも思っているのだろうか。
そもそもこのことを父さんや姉ちゃんは知っているのだろうか。
今回の姉ちゃんと、芹原の関係はかかわりがあるのか。
ああ、気持ち悪い。
前までよりは、だいぶましにはなっているけど、それでも生半端に回復するわけではない。
簡単ではないのだ。完全なる克服は。
「ちょっとごめん。トイレ」
僕はそう言ってトイレに向かう。
そしてトイレで吐く。
「来ると思ってた」
トイレがら出た後、声をかけられた。芹原だ。
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