第37話 野球
そして、ついに競技大会が始まっていく。
まずは、女子の部のバレーボールだ。
「じゃあ、陽太君。行ってくるね」
鈴美が言う。ただのその顔を見ると、緊張しているようだ。
僕だけじゃない、鈴美も緊張しているんだ。
競技大会に出ることに。
「大丈夫だよ。僕がついている」
「うん、ありがとう」
そう言って鈴美は会場へと降りていく。
同時に三試合やる予定で、鈴美たちのコートは一番前。僕たちが見える一番前だ。
鈴美たちに勝てとは、言わない。
鈴美がミスすることなく、笑って終われるのなら、負けてもいいのだ。
頑張れと思いながら、試合をじっくりと見る。
鈴美の姿を目に捕らえる。
彼女は、まずはベンチスタートの様だ。
野球とは違ってバレーボールは六人しか当時に出場できない。
そのため、三ゲームにわかれ、そのうちのに二ゲーム目で登場する様だ。
一ゲーム目には山下さんが出る。
彼女は、早速ガンガンと点を取っていく。
どんどんと、セッターがあげたボールを敵コートに入れていく。
山下さんは、運動が出来るのかと感心した。男である僕よりもはるかに運動神経がいい。
そして、山下さんの活躍により、あっさりと一セット目を制した。
続いては鈴美たちの出番だ。
山下さんが早々に天を入れたことは正直言ってありがたい。
何しろ、鈴美にのしかかる重みが少なくなる。
このセット取られても次があるのだ。
だからこそ、鈴美がたとえミスをしても目立たなくなってくる。
まあ、だからと言ってミスをしていい訳ではないけれど。
鈴美は後方でボールを上げる役目だ。
敵コートに叩きいれる、なんてことはしなくてもいいのだ。
鈴美は、緊張している。そう、感じた。
「鈴美頑張れー!!」
僕は叫んだ。
もう、周りに何と思われてもいい。
鈴美が活躍したならいい。
早速ボールが鈴美の所に投げ込まれる。
鈴美はそれに食らいついて、何とか上に上げる。それをセッターがカバーして、敵コートに入れた。
鈴美の声は聞こえない。だけど恐らく、「やった」とでも言っているのだろう。
普通のプレーかもしれない。そこまで難しいボールでもなかったと思う。
でも、鈴美にとっては今のは素晴らしいプレーだと思う。
その後も鈴美はボールにしがみついた。
返せないボールもあったが、足を引っ張っているという感じは無かったと思う。
そして鈴美はしっかりと役目を果たしてきた。
が、そのセットは取られてしまった。そしてそのまま試合は負けてしあった。
鈴美の健闘むなしく、だ。
鈴美が無念の表情で上がってくる。
「悔しかったな」
鈴美は僕の隣に座り、そう言った。
悔しそうだ。
涙は出ていないようだが、そんな事は関係ない。
悔しさは涙ではないのだ。
笑顔を頑張って作っているようだけど、流石に、悲しさは隠しきれていない。
「鈴美はよく頑張ったよ」
僕は優しく鈴美の背中を撫でる。
「うん、頑張った。下手成りに頑張った」
鈴美はそう言って顔を俯かせた。
その時、スマホの通知音がした。マナーモードにすることを忘れていたのか。
先生にばれない様に、スマホをいじる。
マナーモードにして、メッセージも見て。
なんだ、これは。そう、僕は驚いた。
★
そして続いては僕だ。
僕の番だ。
野球をしに行かなくてはならない。正直嫌だけど、こればかりは仕方がない。
僕は会場に向かう。
鈴美に背中を押される前に僕は行った。
鈴美に迷惑をかけたくない、とかではない。
ただ単に、行かなくてはならないと思ったから。
これが終われば、この体育祭も実質終わりを迎える。そうなれば、あとは夏休みまで何の用事もない。
僕は、鈴美と一緒に練習してきたんだ。今日は絶対に大丈夫だ。
変なミスをしてみんなに迷惑をかけるような真似はしない。
そう、確信している。
気になるのはあのメールの内容だけだ。だけど、それで心を乱されたくない。
階段を降り、会場に入る。
そこではもう野球の準備がなされていた。
僕は八番ライト。九番にしてほしかったが、こればかりはかなわなかった。
僕よりも初心者が後ろにいたからだ。
野球の場合は、五回が終わった際にメンバー総入れ替えらしい。
五回さえ乗り切れば、自由になれる。
もちろんこれはチームが勝たなければならないけど。
そして守備に就く。
鈴美との猛特訓のおかげで簡単なフライなら取れるようになった。
早速、相手の一番がボールを飛ばしていく。
僕はそれをぎりぎりでキャッチし、アウトにした。これで一アウト。
いきなり僕の所に飛んで来るなんて、不幸だ。だけど、無事に取れてよかったと、安心する。
あと一つアウトを取れば、とりあえずこの回は終わる。安心できる。
普通の野球とは違い、今回はツーアウト制なのだ。
そして二つ目のアウトをセカンドが取って、その回は終わった。
ここからは味方の攻撃を眺めていればいい。安心だ。
あとは、チャンスでだけは回らないでと、祈らなくては。
しかし、あれはどういう事なのだろうか。
僕の携帯に先程来たメール。
『見てるからね、陽君』
差出人は不明だけど、陽君というワードで、芹原だとわかる。どうやってこの体育祭に忍び込んできたのか。
だけど、動揺してはいけない。絶対に動揺してはいけないのだ。
そして、二イニング目に僕の打席が回ってきた。一アウト二三塁だ。
僕が打ち取られたら無得点だけど、僕が上手く打てば点が入る。
正直嫌なところで回ってきたな、と思う。
僕がヒットを打たなければいけない場面だ。
ランナーがいない状態で回って欲しかった。
そしたら、僕は緊張せずに打席に立てるのに。
僕はバットを持つ。
大丈夫だ。鈴美と特訓したんだから、甘い球ならはじき返せるはずだ。
僕は真剣に、ボールを見る。
会場内には、応援歌っぽいのが流れている。
確か高校野球やプロで実際に使われている音楽が使われているらしい。
これは、千葉の球団で使用されている曲で、高校野球でも人気の曲だ。
確かに、リズム感がよく、応援されている、気分になれる。
そして勢いよく投げ込まれたボールを僕はバットに当てた。
二球目だった。僕はボールの行く先も見えないまま走った。
その時気づいた。ボールがレフトの前に落ちたことを。
そして、ランナーがホームに帰ってきていることを。
僕は一塁ベース上でよし!と、ガッツポーズを決めた。
「流石陽太君!!」
鈴美が手を振っている。
僕はそれに手を振り返した。
そして、結局その回は、僕のそのヒットだけで終わった。
だけど、点が入ったから、僕はたぶん、この先よほどのへまをやらない限り、糾弾されることはないと思う。
僕は、緊張しながら守備に就いた。
その回も無事に終えた。その次の回も。
そして五回の打席を迎えた。
まだ点は僕のヒットによるもののみで、1対0で勝っている。
今僕がどうしても気になってしまうのは、そう。芹原の存在だ。
彼女は本当にここにいるのだろうか。
ああ、転校してくれたからようやく解放されるかと思っていたのに、まだまだ苦労させられるのだろうか。
なんだか、苛々とする。
僕はスポーツマンではない。だけど、しっかりとストレスを振り払うためにバットを振らなければならない。
僕は勢いよくバットを振る。
空振りだ。
やっぱり生半端には当たらないようだ。
後二球空振りしたら、終わる。だけど、逆に言えば後二球もある。
ならば、大丈夫。僕はバットを構え、一気に振りぬく。
からぶった。
最後の一級。僕は、振りぬいた。
そのボールは、良い感じに伸びて言ったけど、捕球されて終わった。
だけど、これならば、だめだめ、とかは言われないだろう。
僕は息を吹きながらベンチに戻った。
そしてその次。僕は守備に就いた。
これで抑えられれば、全て上手く行く。だけど、不安な気持ちがやはり、僕の胸の内に存在している。
だめだ。何か良くないことが起きる。
このままじゃあ、僕は。
あれ、何を襲えているんだろう。何も恐れることはないのに。
一人目はセカンドゴロで終わった。二人目にヒットを打たれた。ワンアウト一塁だ。
まだまだ同点にされる可能性がある。
だけど、まだあと一人打ち取れば勝てる状況でもある。
三球目が僕の頭上後方に、ふらふらと飛んでいく。
これで終わる。これでとりあえず野球から解放される。
その時に軽く後ろを振り向いたのがよくなかった。
見てはいけない人の姿を目に捕らえてしまった。
母さん。なんでそこにいるんだ。
僕は簡単に取れるはずのボールを落としてしまった。
芹原じゃなく、あの女がそこに立っていたのだ。




