第36話 二人三脚
そして、続いての競技は二人三脚だ。
先程目立った中、また目立つことになるかもしれない。
二人三脚は、あまり人気のある競技ではない。男女でやらなければならない分だけ、異性耐性がない人は避けるのだ。
僕もその人種だったはずなのに、鈴美によって変えられてしまった。
当然鈴美以外と二人三脚は嫌なのだが。
早速鈴美と、縄を結ぶ。
僕の心の中では今も緊張が覆いつくしている。
そう、今の僕は鈴美を可愛い女の子と紹介してしまっているのだ。
周りからはカップルだと思われているだろう。(実際に、偽とは言え、カップル状態は継続しているのだが)
こんな状況に不慣れな僕が、耐えきれるわけがない。
そう思いながら、指遊びをする。
気持ちが落ち着かない。
「陽太君……」
鈴美が小さな声で言う。
「大丈夫だよ」
「本当に大丈夫かな」
その、大丈夫である未来が見えない。僕は弱い。弱すぎる。
鈴美にそう言われても、悪いけどなにも安心が出来ない。
たったの、50メートル。走れば15秒もしない距離だ。
なのに、なぜ。僕は。
「回りなんて関係ないよ」
鈴美が言う。
「私たちの世界には私達しかいないの。周りは全部雑音。全て関係ないんだから」
その言葉は、僕を励ましてくれている。
これならば、きっと大丈夫だろう。
「僕頑張るよ」
そうだ。
僕が失敗したら、鈴美にも迷惑が掛かってしまう。
そうなれば、僕だけの問題じゃないのだ。
「息ぴったりなところを見せないと」
その言葉に僕は、深くうなずいた。
そして、本番が始まっていく。
遂にスタートする番だ。
実の所、この二人三脚は障害物競走の二番目だ。タコツボ、二人三脚、ボール転がし、網くぐり、パン食い競争、と言ったように進んでいくのだ。
その二番目。序盤ながらここで、リードを奪えば後半が楽になる。
タコツボではほとんど差が広まらないから、二人三脚が実質最初のレースなのだ。
早速バトンが渡される。
「行くよ」
「うん」
そして僕たちは足を前に出した。
「1、2、1、2」
「1,2,1、2」
互いにリズムよく足を前に出していく。欲張ってはいけない。だけど、遅すぎてもいけない。そこが難しい所だと思う。だけど、そんなことお構いなく、どんどんと進んでいく。
今の所、こけてない。大丈夫だ。もう、七割ほど超えた。ここまで来たら大丈――
「きゃ」
鈴美の足がもつれた。僕もそれに引っ張られそうになる。
でも、ここでこけたら今までの頑張りが無駄になる。
僕は鈴美を支え、体勢を取り直させた。今のところ僕たちが一位だ。多少の余裕はある。
「ありがとう」
鈴美がそう言って、にっこりと笑った。
「うん、どういたしまして」
そして、僕たちは、一位のまま次のエリアに足を進め、バトンを渡す。
「ふう」
鈴美は汗を拭く。
「さっきは焦っちゃった」
「どういたしまして」
「うん、ありがと」
鈴美がそう言って、にっこりと笑みを浮かべた。縄を外し、席へと戻る。
僕たちの貢献のおかげか、二位でアンカーがゴールしていた。
一位が良かったが、最後のパン食いの最中に抜かされていたのだ。
「お疲れ様」
山下さんがそう言って出迎えてくれた。
「今日のヒーロー様」
そう、悪戯っぽい笑みを浮かべた山下さん。
「照れるよ、そんなこと言われたら」
「でも、実際今日の貢献度で言えば上位に入ると思うわよ」
そう、山下さんが他の人達に目を向けると、多くの人が頷いた。
「流石カップルね」
「恥ずかしいからやめてください」
先程の借り物競争の時のが、しっかりと心に残っているのだ。
あれは、兎に角恥ずかしかったな、と。今思っても恥ずかしい。
だけど、結果としていい方向に進んだのなら、それほど嬉しい事はない。
★
そして昼休みになった。午後は球技大会だ。後は球技大会だけだ。
ここまでよく耐えた。
僕は自分をほめてやりたい。おかげで午前のプログラムは無事に耐えたのだ。
しかし、野球かと僕は思う。やりたくないという気持ちに何の変化もない。
そう、とにかくやりたくないのだ。
昼休み。僕と鈴美は保護者席へと向かう。
姉ちゃんと父さんに挨拶しに行くのだ。
「そう言えば鈴美の両親って来ているのか?」
僕は訊く。
と、すぐに訊かないほうが良かったという事に気が付いた。
その時に見せた鈴美の暗い顔。言いたくないのだろう。
「言いたくなかったらいいよ」
無理に言う事はない。
「そな顔になるなら」
その言葉を聞いて、鈴美は顔を上げ、静かに口を開く。
「私の親いないの」
「え?」
「親は、東京にいるの」
ああ、そう言う事か、すぐに理解した。
「単身赴任?」
「この場合は、私が単身で学校に行ってる、かな」
「マンションなの?」
鈴美は頷く。
「そうか」
訊いて悪かったなと、息を吐く。
「いいよ別に。親とそこまで仲が良かったわけじゃなかったから」
「うん」
仲が良かったわけじゃない。その言葉に僕の中で疑問が生じた。
これ以上は訊かないことにした。
なんとなく、訊いたらだめな気がしたのだ。
そして、父さんと、姉ちゃんの元へとついた。
「陽太」
父さんが手を振った。
「見てたよ」
僕たちが席に着くと、父さんは早速言った。
見てた。その言葉が何を表しているのか、すぐに分かった。
否、分かってしまった。
「あれは、違うんだよ」
「いいじゃないか。いい借り物のお題だったじゃないか」
やっぱり。
「それが恥ずかしいんだよ」
「私は嬉しかったけどね」
「カップルだもんね」
「やめてよー、美咲さん」
その顔はまんざらでもなさそうだ。
「陽太、少し来てくれないかな」
父さんが眼鏡をくいっと直しながら言った。
その目つきは真剣なものだ。
僕は唾をのむ。きっと、真面目な話が始まるだろう。
「なに?」
僕は聞いた。
「陽太は御堂さんの事が好きか?」
来ると思っていた。
タイミングが中々合わず、父さんと鈴美は一度もあっていない。
今日が初めてなのだ。
「父さん……」
僕は呟く。そして、
「父さんは今、母さんの事をどう思ってるの?」
質問で質問を返すようで恐縮だが、気になっている。
「陽太は女子に裏切られるのがまだ怖いのか?」
「怖い、怖いかどうかは分からない。でも、恋愛は怖いんだ」
恋愛となれば、その時にはリスクが付きまとう。友達のままの方がよかった、なんていう結末はいくらでもあるのだ。
「恋愛ならいつでもできる」
父さんは静かに言った。
「恋愛ならいつでもできる。もし裏切られても、陽太はまだ若いんだ。次の相手をすぐに見つけられる」
「簡単に言わないでよ」
そんなこと言われても割り切れるわけがない。
「大丈夫だ。陽太は強い。きっと何があっても乗り越えられるさ」
「そうかな……」
ここで、少し気になっていることがある。
それは、
「父さんはあの人のこと今はどう思ってるの?」
結局答えを貰えていない。
「僕はあの時は絶望したよ。好きな女から裏切られるほど嫌なことはないからな。それに、お前だって――」
僕は父さんの子どもではない。姉ちゃんとも半分しか繋がっていない。
僕は家の中で唯一、血がつながっていないのだ。
「これはあまり言わない方がいいな」
「分かってるよ。僕は今も母さんの事は嫌いだ。ずっと嫌いだ。僕たちの家を破壊したんだから」
家はこんな形では、だめなはずだったのだ。
あれから父さんは忙しく、姉ちゃんもお金を稼ぐ必要になり、僕は偽告白に騙された。
僕の件に関しては関係ないにしても、受難がどんどんと続いて行っている。
「でも、僕は実はあまり恨んでいないんだ」
「え?」
僕は目を丸くした。
「ごめんごめん。言い方が悪かったね。正確に言うと、僕のせいだからさ」
「え?」
父さんのせい?
「僕が彼女の心をつなぎ留められてなかったから悪いんだよ。僕に魅力がなかったから悪いんだ」
父さんはそう言って顔を俯かせる。
「父さんのせいじゃないよ。これだけは断言できる」
あいつが悪い。
それだけは断言できる。
「ありがとう。でも、陽太もどうするか早く決めたほうがいいと思うよ」
「分かってる。答えは出すよ」
僕はそう、頷いて見せた。
鈴美との将来は、早く決めなければならないのだから。




