第10話 挑戦
その次の日。
「じゃ、頑張ってきてよ」
そう、元気よく鈴美さんが言う。
「え?」
いきなりすぎない?
そう思ってる間に、彼女が背中をパンっと叩いてくる。
気合いを入れてくれてるのだろうか。でも、
「あまり叩かないで」
「ごめんごめん」
手を合わせて誤ってくる鈴美さん。
「じゃあ、頑張れ」
「うぅ」
僕はそして、彼女の元へと歩いていく。
なんで、こんなことに。
そもそも、話しかけるなら男子の方がよかったじゃん。
何で山下さんなんだろう、そんな思いが脳内を巡る。
だけど、今そんな事を必要以上に考えすぎても意味がない。
そもそも僕も了承したことだ。
山下さんは黒色の長髪が魅力的な女子だ。
それと同様に、クールという一面もかけ備えている。
あ、やっぱり苦手な要素しかないのかも、とふと思う。
でも、せっかく踏みだした一歩を無駄にしたくない。
「あの」
僕は勢い、話しかけた。
声が裏返ってしまったかもしれない。
変な声になってしまったかもしれない。
でも、いいや。好感度がマイナスになることはないのだから。
「昨日の話を、詳しく聞かせてもらってもいい?」
迷った末に僕が発した言葉はそれだった。
「いい、けど」
不思議そうにこちらを見る。
「なら、昼休みに一人で屋上に来て」
「え、何で?」
「行けば分かるから」
いやいや、無理だ。
僕には絶対に無理だ。
僕は人見知りというのと同じように、女性が苦手だ。
きっと、僕に何か暴言を吐くのだろうか。
もしかしたら、集団でいじめられるかもしれない。
そんなリスクをわざわざ負いたくなくなっている。
「悩んでいるのね」
そう言われびくっとする。
「鈴美さんは連れて来たら駄目なのか」
「だめに決まってるじゃない」
一蹴された。
まあ、そりゃそうなるか。
だけど、これは何かを変えられるチャンスかもしれない。
「分かった」
僕はそう言った。
そして――
僕はトイレの中で超絶その選択を後悔している。
正確に言えば、吐いている。
「ああ、油断していたな」
僕が女子に苦手意識を持っていることは分かっていたはずなのに。
しかも今回厄介なのが、直接対面したときに、一気に発作が出たという事。
流石にハンバーガー屋さんの時みたいに倒れたりはしなかったが、それでもしっかりとダメージを負っていた。
ああくそ、何で最後の意地で、約束を承諾したんだよ。
断ればよかったじゃん。
これじゃあだめだ。
いや、だけど。前と違う事がある。
今回は鈴美さんがいるのだ。
だからこそ、一人じゃない。
僕は一人じゃないのだ。
そうだ。鈴美さんにとりあえず相談しよう。
……こうして考えると、鈴美さんに結構依存しているところがあるな、と自嘲的な笑みを浮かべる。
でも、僕の中の彼女の占める容量が大きくなったという事は、芹原の僕の中に占める比率が少なくなったという事。
それは喜ばしい事なのかもしれない。
もちろんこれは、鈴美さんが芹原みたいな裏切りをしないこと前提だけど。
そして、
「鈴美さん、少し相談があるんだ」
僕は彼女に小さく言う。
「でも、もう始業時間だよ」
そう、もう授業が始まってしまう。
「話は、授業の後で」
それを聞き、彼女は首を軽くかしげていた。
そして早速、僕は鈴美さんを飛び出し、廊下で話をした。
「なるほどねー」
うんうん、と鈴美さんは頷く。
「つまり、屋上に呼ばれてるんだ」
僕の話を聞いて、そう結論付けた。
「ついて行ってあげる」
そして鈴美さんは第一声そう言った。
「でも、鈴美さんの悪口を言われるかもしれないよ」
というか、そもそも話の趣旨はその事だ。
いくらメンタルが鬼の鈴美さんでも。そう上手く行くかどうかは分からない。
「大ジョーブ。私メンタルだけなら、自身があるから」
でしょうね。
自信満々でしょう。
メンタルの強さは存分に味わってるから。
「それに、怖いんでしょ? もし、陽太君がまたいじめられることになったら」
「確かに怖い。もし、急襲で女子が沢山出てきて僕の無様な姿を撮られるのが」
実際、芹原たちの事件だ。
あの時の僕は無様だったと思う。
それこそ、いじめっ子たちにとっては格好の獲物だったと思う。
「だからその時は私が守ってあげる。大丈夫、私を信じて」
「ち、ちかい」
今は目と鼻の先に鈴美さんの顔がある。
「あ、ごめん」
「いいよ。少し怖いだけだから」
鈴美さんに対しての恐怖心は少しづつ。少しずつながら日々改善してきている。
「ならよかった」
そう言って笑って見せた。
そして昼休み、運命の時間が来た。
僕は屋上に上がって行く。
鈴美さんは時間をおいてくるらしい。
僕は、そこにいた山下さんに向かって、「来ました」と言った。
目的が友達作りのはずだったのに、いつの間にか、鈴美さんの話になっている。
まあ、そこはいい。後で友達になってくれないか聞いて行かないと。
「じゃあ、話すわね」
静かに山下さんは言った。
「大方、仕方のない理由があったって聞いてるだろうけど、その実は違うわ。私の友達が言ってたもの。彼女は教室の中で発狂して、手当たり次第に殴ったって」
それはもしかしたら事実かもしれない。
でも、僕は事実だとしても構わない、と思っている。
僕も出来るなら、芹原を殴りたかった。
一緒に僕を虐めていた、相沢さんたちも、殴りたかった。
僕にはその勇気が無かった。しかし、鈴美には会ったという事だろう。
「嘘だ、そんな顔ね」
言い当てられる。しかし、
「正確には。それ相応の理由があると思ってるだけど」
その瞬間、山下さんの目がこちらを向いた。
睨まれている、とすぐに思った。
「それ相応の理由があれど、だめなものはだめよ。実際私の友達は、その後不登校となっているわ」
鈴美さんはそのことを知っているのだろうか。
「僕は、鈴美さんと山下さんに仲良くして欲しいと思ってる」
「はあ、なに言ってるの?」
ああ、この言葉。
僕の胃が痛む。
僕の女性恐怖症がまた発症しそうだ。
「私の親友が殴られたの。それ以上もそれ以下もしないわ。私が、彼女と仲良くなる必要なんて、ない」
でも、これは僕の為でもある。
もし、鈴美に対してのうわさが和らげば、僕にも友達が出来るかもしれない。
だからこそ、厳しい相手と思いながら、僕に差し向けたのだろう。
「その友達に会わせてもらえませんか?」
その言葉に山下さんは「は?」と漏らした。
「会ってみないと分からない事もありますから」
あくまでも今の僕の予想だ。
だけど、僕が思うに、その友達はいじめっ子だけど、いじめられっ子でもある。
簡単に言えば、主犯にいじめを強要されているという事だ。
僕は今の話を聞いて、その可能性を思い浮かべた。
勿論、罪がないとは思わない。
強いられていたという事があったとしても、それでも、罪はあると思う。
だけど、理由は確かなら分かり合える可能性もあるはずだ。
僕はもし、芹原や他の僕を虐めた女子が、いじめを強いられただけ、と言われても納得は出来ない。
でも、話せばわかるはずだ。
「よく分からないわ」
よく分からないか。
「でも、もし御堂さんが来ないなら考えてあげる。あの子を元気づけられるかもしれないしね。だけど、私が付き添いに行くから」
「いいんですか?」
「あの子は現状苦しんでいるもの」
「ありがとうございます」
僕はそう言って頭を下げた。
説得は半分成功と言ったものだろうか。




