1-1 トラック乗りのシノさん
俺がこれから向かう小惑星No.7は、今いる小惑星No.666から見て小惑星軌道全体の十二分の一の距離にある旧金鉱山小惑星だ。
一見近場のように感じるかもしれないが俺の中型宇宙トラックの推進能力では片道六時間はかかる距離になる。
もう現場に向かうだけで今日一日分の運行量。残業や待機で泊まり込みは御免だ。
まっ、ちゃんと報酬が振り込まれるなら、こんな仕事も悪くはないが退屈だ。
(——ピピッ「よぉシノさん、今日はNo.666で待機じゃないのか、ピッ———」)
トラック仲間のハタケヤマ氏だ。No.666から離れる俺のトラックを見て、無線を寄越してきた。彼は、月面都市「かぐや」にいた頃からの運ちゃん仲間で、今年還暦を迎えたのだが、今日も元気に中型トラックを転がしている。
「どうもー、ハタさん。今日はヤマモトの野郎からの指示で、No.666まで出張ってくることになった、どうぞー」
(——「うへぇ、あんな遠くまで行かされるのか、ご愁傷さま。運転気をつけろよー、交信終わりっ、ピッ——」)
自動航行装置もあるにはあるが、これだけの距離だと小惑星帯高速航路を使わないと時間がかかってしょうがない。何より地図に記載のない極小惑星を回避するには高速航路に乗らないといけない。少し経費がかかるがな。
——人類火星移住計画
地球人類が火星に移住するにあたり、人を移動させる前に当然、拠点を作らねばならない。
火星前線基地だ。
それは去年までの「大型貨物宇宙船オリオン2」による物資大量投入で完成はした。だが、人が移住するにはまだ不十分だ。定期的に、それも大量に物資を継続輸送する必要がある。
地球と火星。一見となりのご近所惑星に思われるかもしれないが、太陽系を公転しているので、そのタイミングによっては、えらく遠くなったり、近くなったりする。
そのため、いついかなるタイミングでも、最短で物資を火星軌道上にまで運搬できるように、地球と火星の間の惑星軌道の各ポイント十二ヶ所に物流の中継ステーションを建設することになった。
大量に建設資材が必要なのだが、プロジェクト発足後に火星と木星の間に大量に存在するアステロイドベルトに、人類が使い切れない程の鉱物が存在していることがわかった。
そこで俺たち「宇宙トラック野郎」の登場となった。
とにかく運べるだけ運びまくって十二ヶ所の中継ステーションを早急に完成させたいってわけだ。
地球から見て、黄道十二ヶ所それぞれに愛称がついている。第七中継ステーション「てんびん」の建設現場が、俺と、仲間のトラック乗りたちの職場になる。
——月面都市「かぐや」
元々は月の人類永住のコロニー建設のために月面ダンプをぶっとばしていた俺たち。地球で建設作業員を募集したところ、希望者が想定以上に集まり、あっという間に完成してしまった。破格の報酬が目当てだったが、特に資格を求められていなかったのも理由だろうな。
いまや月は第二の地球……は、言い過ぎだが、数百万人レベルで人間が永住可能な都市が各地に点在している。
各都市間は半地下の運河で結ばれていている。その運河は底が硬質特殊偏光ガラスで出来ていて、それを天井とし、その地下に明るい月面都市がある。
月には大気がないため、宇宙放射線が直接月面にまで降り注ぐ。運河の水で太陽光は通すが放射線は遮蔽するという、理にかなった構造をしている。
人類の永遠の夢とも思われた地球外永住拠点。
それが僅か五年という短期間で、あっという間に建設されてしまうのだから、日本の建築土木業界はあなどれない。
本気を出すとすぐこれだ。
——惑星軌道中継ステーション「せいざ」
さて宇宙パイロットと、もてはやされて月でワッパを回してダンプを転がしていたのはいいが、あっという間に失業しそうになる。
しかし、調子に乗った人類は火星にも拠点を、と動き出した。
そのおかげで俺ら宇宙ダンプ乗りは、仕事を得たわけだが。
——( 月にコロニーを建設し、人類第二の故郷とする )——
その大義名分の元、人類のあらゆるテクノロジーが、信じられない程の速さで進歩した。
宇宙空間での鉱物採集とその運搬技術、宇宙トラックだな。地球から超電磁マスドライバーで片っ端から月軌道まで物資を飛ばし、それを受け取り、月面へ静かに投下。運搬技術が飛躍的に向上した。
物資と人が集まればあとは早い。
さらに一番の驚きは、マテリアル鉱、つまりどんな種類の元素でも、そこに物質がありさえすれば、どんな物質にでも錬成が可能になってしまった。
鉄が必要なら月の砂から鉄に、水が必要なら水素と酸素を錬成し、合成して水に、金やウランでさえも、自由自在だ。ただし、なんらかの物質と大量の電気がなければいけない。さすがに無から有を生み出す魔法のような科学にまでは至っていない。
ただし物質を錬成出来るのは、月面にある《《古代遺跡》》から発見された「物質錬成装置」のみ。これが巨大でな。複製を作ろうにも未知のテクノロジー過ぎてどうにもならない。
そして月面の砂や岩石を大量に消費して火星移住用の資材にすると、月のバランスを崩しかねない。なので結局のところ、アステロイドベルトから月面工場まで岩石や鉱物を運搬してこなければならないのだ。
さらに、本格的な建設資材や燃料製造には、月面都市のプラントを使用しなければならない。これまた巨大化学プラント。
月面都市で作った資材を、今度は「大型貨物宇宙トラック」で、建設中の第七中継ステーション「てんびん」まで運搬する。
普段、俺達中型乗りは、小惑星から積み込んだ鉱物を中継ステーションで待機している大型貨物宇宙トラックまで運ぶのが仕事だが、小回りがきくってんで、まあ細々とした仕事もよくくる。
おっ、高速航路のゲートが見えてきた。
今回の小惑星No.7への呼び出し。一体何をさせようってんだか。
——つづく
本日は初日というこで、1−2も17時50分に公開します。
お楽しみに!