幕間 サフィアン王子
王族であるサフィアンにとって、王家の血を分けた高位貴族は勿論のこと、この国を統べるために必要な貴族たちは大事な存在であった。
とはいえ兄である王太子との関係は悪くなく、また、治世を委ねるに足る存在であることからサフィアンは早くから己の役割は『兄王子を支える』ことであると悟っていた。
市井の暮らしを理解し、利権を貪るだけの貴族たちを秘密裏に調査する。
それがサフィアンが己に課した役割であった。
サフィアンからすれば貴族はその特権階級として贅沢な暮らしを送ったり、他者から〝貴族〟というだけで敬意を払ってもらえるのだからその分、公の立場としては王家の意図を理解し、国民に公として尽くさねばならない。
むろん国民がそれに対して増長しては国家として成り立たないが、その他大勢がいるからこそ国が成り立つのだから、そのあたりは調整していくしかない。
いずれ王として兄が立ち、国家の象徴、権威、屋台骨として矢面に立たされるその背中を支えるためにはサフィアンもそれ相応に多くのことを学ばなければならなかったのだ。
そんな中で〝ノクス公爵家〟は異色の貴族であると、サフィアンは位置づける。
たとえるならば――竜だ。
まるでおとぎ話に出てくる、財宝を守る竜のように強大な存在だ。
触れてはならない、けれど味方になってくれたならばどれほど頼もしいことだろう……そう思わせる存在だ。
ノクス公爵家の人間は誰も彼もが有能というわけではなかったが、少なくとも今代の当主とその子供たちは優れた人材であると言えた。
長女アナベルが行方不明になり、一時期はノクス公爵が荒れたという話もあったが、今となっては懐かしい話となっている。
それもこれも、サフィアンが偶然出会った少女こそがアナベルであったからだ。
そしてサフィアンが人生で初めて、恋に落ちた相手こそがアナベルであった。
竜が守る財宝を得るために、竜の塒に飛び込んだ男――それが現在のサフィアンの立ち位置である。
サフィアンは、個人的に〝ノクス公爵家は貴族の中の貴族〟と思っていた。
矜持を重んじ、自らの家門を重んじ、国家、そして民に尽くす。
まさしく貴族の中の貴族であると。
だが、蓋を開けてみればなんとも名状しがたいものがあった。
一言で言うなら〝異質〟であった。
貴族らしいとも言えるし、どの貴族とも違う……それがサフィアンにとってのノクス公爵家だった。
アナベルも可愛らしく、素直だと思えば唐突に胆力を見せることもあるし、レオナールも可愛らしい少年かと思えば笑顔で魔物のハーピーを一刀のもとに切り伏せる。
騎士たちのような気負いもなく、あっさりと。
かつて自身の護衛騎士を務めてくれたシリウス・フローチェス・ノクスが自身の義父と義弟を語る際に、口癖のように『あの人たちは芯からノクスですから』と言っていたことを思い出してゾッとしたものである。
それでも、アナベルが恋しくてノクス家に馴染んで見せようと思っているわけだが。
(しかし、まあ、なんだ)
己と同じように異質さに居心地悪い思いをしているであろうと思っていたシリウスが、誰よりもノクスの人間らしくなったのだから。
そして誠に遺憾ながら、そう、遺憾ながら。
シリウスをノクスの人間に正しく〝戻した〟奇妙な女であるセレン、彼女こそがサフィアンにとってノクスの特異さを共感できる存在であった。
「……だからさ、ぬとっと。いや、ぬちょっと?」
「どっちでもいいだろ、もう」
大変、遺憾であるけども。




