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「黒衣に鴉のマスク。そしてあのカード……」
「暗殺者クロウ……」
精悍な青年が苦々しげな表情で私を睨む。
そんな顔すらかっこいいんだから、いい男だなって素直に感心してしまった。
青みがかった黒髪に、灰青の目を持つ彼は、主人公の義兄であるシリウス・フェローチェス・ノクスだ。
シリウスは物語の中で、アナベルの従兄であり後継者に悩んだ公爵が養子に迎えた男児として紹介される。
彼の背景はとても複雑だが……中でも複雑だったのが、義理とはいえ兄という立場でありながら、天真爛漫で真っ直ぐで健気なアナベルを一途に愛するという点だろうか。
(けど女性としても妹としても愛しているからこそ、その気持ちに蓋をしてただただ優しい兄としてアナベルと王子の恋を応援するのよね……)
時に男として泣き濡れる彼女を抱き寄せてしまいたい気持ちを堪え、兄として優しく慰めるその葛藤する姿!
時に彼女を愛する一人の男として、王子にその座を譲る者として激情を抱えるその姿!
もういっそ王子よりも義兄を選んだ方がアナベルのためにはいいのでは……? なんて読者の声も上がっていたほど人気だった。
ちなみに私にとっては推しとかそういうんではない。
というか、前世の記憶はあっても、どのキャラが好きだったかとかそういうのはホント思い出せなくて、ただ知識として記憶にあるっていう感じだからな……。
しかしながらさすが人気キャラ。
目の前にすると私だってココロ浮き立つものがある。
(ひぇ、実物かっこよ……!)
作中ではすらっとした美男子が好まれる貴族社会の中で、騎士として厚みのある体や精悍な顔立ちから貴族令嬢たちからは遠巻きにされるという表現がされていたけど……いやいやいやいや!
凜とした佇まいには気品があるし、鋭い眼光は男らしくてかっこいい。
がっしりとした体つきだけどゴリマッチョってわけではなく、国軍の制服を見事に着こなすその姿! 眼福ですなあ!!
おっさんかよっていうどこからともなく突っ込みの声が聞こえてきそうだけど、目の前にかっこいい人や美女がいたら目の保養にしなきゃ勿体ないでしょ!
いやあ、マスクしていて良かったわあ。
といってもマスクだから私の顔の半分しか隠してないから口元はしっかり微笑みキープだけど。
「改めて自己紹介をさせていただいても?」
笑みはキープ。めっちゃ睨まれてるけどキープだ私。
私は敵対しに来たのではなく、交渉しに来た。それを相手にも信じてもらわなければ。
「ご推察の通り、私は暗殺者クロウ。ご息女を狙う輩についてご連絡差し上げた者です」
「……何が望みだね?」
「さすが公爵閣下。ご理解が早くて助かります」
椅子を勧められることはない。
距離は変わらず。
けれど、公爵が私の話を聞くという姿勢を崩さない限りまだ大丈夫。
ただまあゴーサインが出たら目の前で警戒しっぱなしのシリウスが私に斬りかかってくるだろうし、なんだったら公爵も魔法攻撃を仕掛けてくるだろう。
そういう意味では一触即発、私の生命の危機は続いているのだ!
「――単刀直入に申し上げますと、公爵家の庇護の下にいれていただきたく」
「何……?」
「いえ、実はまだどこの誰ともわかりませんが、少々きな臭い話に巻き込まれそうでして。ノクス公爵家を狙うどなたかであることだけは確かです。庇護下に入れていただけるのであれば、もう少々詳しい話を致しますが……いかがでしょう?」
「ノクス公爵家相手に取引を持ちかけると?」
「悪い話ではございませんでしょう。監視下に置いていただいて結構です。身柄の安全だけ保証していただければ……」
重圧が! すごい!!
これまでいろんな相手と対峙してきたけど、正直ノクス公爵家関連の仕事はキツいって昔っから耳にしていた理由がよおくわかるわあ!!
こちとらそれなりの暗殺者とはいえ、中堅どころは所詮中堅どころなんですよ……。
万が一はなんとしてでも逃げてやるって思ってたけど、これはなかなか一筋縄どころではないかも……!?
背中を嫌な汗が伝う。
けど、笑みは絶やさない。こうなりゃ意地である。
そんな私の対応が功を奏したのか、公爵が深く息を吐いた。
「……いいだろう。話を聞いて判断する」
「感謝します」
交渉権!
勝ち取ったどー!!