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「ちなみにその王女様、シリウスのねんちゃ……一途な性格はご存じで?」
「今粘着質って言おうとしたろう、君。仮にも婚約者に対して酷くないか?」
「実際問題、軟禁からのプロポーズの言葉なしで選択肢を奪ってのこの状況でそれ言います?」
「改めて当人からそれを言われるとこっちが困るんだが」
私としても酷い内容だなと思うが、まあそれはそれ、これはこれ。
とりあえず当人が納得しているので過去のことは許そうと思う。
一応、逃げ出す選択肢? 的なものは残されているみたいだし?
ただ逃げ果せられると思うなよっていう若干……いや、かなりな含みがあるっていうことには留意したい。
王子は咳払いを一つしてから、シリウスを見る。
シリウスはニコニコしながら私を見ていた。
「……当時のシリウスは結婚の意思がなかった。一途かどうかはわからなかったと思う。身分を盾に女遊びをする性格でもなかったからな……王女としては自分と縁を結べば夢中にさせられるという謎の自信があったんじゃないだろうか。そういう傾向にある人だったと記憶している」
「自信家なんですねえ」
特別功績がない。けどそれは裏を返せば大きな失敗もない。
王太女として立太はしていたけど、いずれは王子に引き継がせるからとそこまで重要な仕事を任されなかったのか……それとも意欲的でなかったのか。
あるいは政治的な面ではとても堅実とか?
(いやでも堅実なら堅実で評判になるか)
可も無く不可も無く、って評価は堅実とは異なるからなあ。
似ているようでこういう些細なニュアンスの違いで評価を下すのがお貴族様らしくて陰湿~って、昔いた組織の先輩が言っていたのを思い出したよ。
「婚約者がいるって言っても諦めないものはどうしようもないし、仲がいいところを見たところで納得してもらえそうもないんじゃない?」
「身も蓋もないな君は!」
「言い繕ったってどうしようもないですし」
むしろ一回面と向かって断られているのにもう一度申し込んでくる強メンタルの権力者に対して、一庶民がどうしろって?
とりあえず当の本人であるシリウスがしれっとして「俺はセレン一筋だ」とか言っているので、そもそもがどうにもならん気がする。
「もういっそシリウスのヤバそうな面を見てもらった方がいいのでは」
「それはノクス公爵家の体面ってものがあるから……!」
レオナール公子の悲痛な声に『でもそのノクス公爵家の人なんだから、いっそのこと隠さない方がいいのでは……』なんて思ったが私ではわからないあれこれがあるんだろう。
きっとそう。多分。
「じゃああれか、私はその王女様に暗殺されないように気をつけろってことでいいんですかね」
「どうしてそう発想が物騒なんだ君は! 合っているけども!!」
王子様ツッコミとまらな~い。
そして合っているんだ。まあ想定通りだけど。
「……この人がぼくの義姉になるのかと思うと、いやこのくらい泰然として受け止められるから兄上があんな愛情表現しても平気なのか……?」
なんかレオナール公子が遠い目をし始めたのを、アナベルが撫でて宥めている。
ちょっと人を珍獣みたいな扱いしないでくれるかなあ。
「シリウス」
「なんだ、セレン」
「元凶あなたなんだけど、おわかり?」
「ああ。幸せにする」
「なんだろうなあ、この噛み合わない会話!」
「セレンのことは誰にも傷つけさせないし、誹らせない。俺にとっての唯一だ」
ニコニコと変わらない笑顔で私の手をそっと取るシリウス。
それこそ立派な貴公子が手を取って優しい笑みを浮かべて甘い台詞を吐く……人によっては最高のシチュエーションと言えるかもしれない。
ただこれが、権力と能力を併せ持っちゃったタイプのヤンデレってのが問題なんだよなあ……!
(とはいえ、そんな男に惚れて自ら捕まっちゃった私も同類か)
まあね、好みは人それぞれってことで!
王女様対策は今後考えるにしても、とりあえずは周囲も私たちの関係を認めてくれている(認めざるを得ないだけかもしれないけど)ようだし、きっとなんとかなることだろう。
というかしないと多分、シリウスが私を連れてどこかに逃げ出しそうだからそれはノクス公爵家としても避けたいんだろうなあ。
なんだかんだ、能力高そうだもんね。
(まあ私はシリウスとなら放浪の旅も悪くないかな、なーんて思っちゃったり?)
決して言わないけども。
好きだよ、愛しているよとはよく言われるけど、私が彼のその言葉に返すのは十回に一回の割合くらいか。
はいはい私も、みたいな感じで軽く返してはいるけどね。
だから、いつかの定住を夢見ていた私が放浪の旅をしてもいい、だなんて台詞を吐こうものならどんな熱烈な告白だよって話!
「セレン」
「……なあに」
「愛している。ずっと傍にいてくれるな?」
「まあ、飽きるまでね」
きっと飽きないだろうけど。
いろんな意味で!




