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(さて、と)
ノクス公爵家に接触しようと思い立ったからといって、馬鹿正直に行って会えるもんじゃないことは確かだ。
なんせあちらはこの国に四つある公爵家の筆頭であり、私ときたら吹けば消し飛ぶ木っ端の平民どころか後ろ暗いところがありまくる現役暗殺者ときたもんだ!
とはいえ先日の新聞の直後、私は公爵家に一通のカードを忍ばせておいた。
新月の夜、暗殺者が向かうこと。
狙いはノクス公爵令嬢であること。
鴉のマークも描いておいたから、クロウからって伝わってるといいな!
彼らがそれを信じる信じないではなく、会いに行って……まあなんていうか、上手く行かなそうなら逃げればいいかというメンタルでいる。
新月の夜から二日後に会いましょうという一文もカードに添えておいたので、今日は公爵に面会しに来たのだ!
といっても勿論、秘密裏にだけどね!!
(いっやあ、警備が厳重だわ~)
忍び込むのも一苦労だよ!
門付近から感知魔法と抗魔法の紋様が刻まれた壁や柱。
入ったら入ったで騎士があちこちいるし、なんだったら侍女や執事たちも武芸の心得があるのかめっちゃ強そう。
私がこれまで仕事で見てきたどこの貴族家よりも厳重だわ、さすが筆頭公爵家。
とはいえ私も自分の命がかかっているので、ここで引くわけにはいかない。
いや危なかったら逃げるけど。
情報を提示した、だけどそれだけじゃ足りない。
私が役立つ存在であるってことをアピールしなくちゃ交渉のテーブルにはつけないのだから。
まあ簡単に侵入できたら苦労はしない。クロウだけにね!
執務室の扉は一カ所、二人の騎士が見張っている。
片方ずつ交代するスタイルで、隙がない、よく訓練された騎士だ。
(……窓から行くしかないかあ)
勿論外にも警備の騎士たちが巡回しているし、特に執務室付近は厳しい。
普通に暗殺を狙う場合なら、スパイを忍ばせるか長期で計画を立てて入り込むか……そういうのが確実だろうなとは思う。
あとは人海戦術で、陽動部隊と実行部隊、後始末ってな感じかな。
ただまあ私みたいに一人だとその手段がどれも取りづらいのと同時に自由に動けて、同行者に助けてもらえない代わりに失敗をフォローしなきゃいけない事態もない。
魔力が弱い人間は、逆をいえば魔法を使ってもあまり探知されない。
そもそも魔力がイコールで威力だからだ。
そして、探知魔法は広範囲をカバーできる代わりに、一定の魔力量が使用されないと反応しない。
動物の可能性も否めないってのがポイントね。
(でも私は違うんだよな~!)
弱い魔力で強化と消音、それから気配遮断を使う。
弱すぎるから強化したところで二階にジャンプできる程度の脚力にしかならないし、消音は完璧に消えるわけじゃないし、気配遮断に至っては存在が薄くなった……レベルである。
ただし、そこに訓練で鍛えられた身体能力が乗っかれば別だ。
(……普通の暗殺者は魔力も強いから、私がたまたま上手く行っただけだったのがなんともねえ)
おかげでクロウとして名のある暗殺者になれたなんて、どんな皮肉だよまったく。
そんなことを思いながら、なんとかかんとか公爵の執務室、そのベランダに降り立つ。
我ながら華麗な着地だった。
そうして軽くノックをすれば、ゆっくりと開くベランダの扉。
そこにいたのはノクス家当主である公爵本人と、精悍な青年が一人。
「こんばんは、ノクス公爵閣下。とても静かで良い夜ですね?」
私は余裕ぶった口ぶりで、ゆったりと笑みを浮かべて大げさなお辞儀をしてみせる。
そう、私は今舞台女優よ!
大物になりきったつもりで勝負を挑むんだからね!