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それから数日後、私は公爵邸に招かれていた。
目の前にはめちゃくちゃ大量のお菓子が準備されていて、アナベルが嬉しそうにたくさん話かけてくれてそりゃもう可愛いのなんのって。
その横でオウジサマ(笑)が私のことすごい目で睨んでくるんですけど。
止めてくれません? アナベルはただ友達に会えて嬉しいだけだからね!!
思わずアナベルの護衛であるヴェゼルがちょうどいいところに立っているので『王子何とかしろよ』って目を向けたけど、すぐ逸らされた。
お前今気づいてたよなあ!?
「セレン。他の男を見るんじゃない」
「いやあそういうんじゃないからさ、シリウス……」
ああ、うん。ごめんヴェゼル。
私の横にいるシリウスに気を使ったんだね……そうだね……。
今日は先日のお詫びがしたいとレオナール公子が言ったから設けられた席らしい。
シリウスによると、あの騒ぎがあった翌日お城に行ったらアナベルに大説教を喰らったレオナールが廊下で正座してたんだってさ。
わお、孤児院式教育……。
私も小さい頃よくやられたわー、主に食料争奪戦で年上少年のすねを蹴っ飛ばして泣かせた時とか。
ははっ、懐かしーい。
「先日は……大変、申し訳ありませんでした」
「あ、はい……」
いったい全体何があったらそんなに遠い目をするようになったんだい? ん?
隣のシリウスを見てもしれっとしているし、反対側にいるアナベルに視線を向けてもニコッと可愛い笑顔を向けられるだけ。
「魔女だのなんだの言ってすみませんでした。むしろ兄上のことを末永くよろしくお願いいたします。いろいろとご迷惑をおかけするかと思いますが、ノクス公爵家全体で応援いたしますので」
「んんん?」
なんだかすごいこと言われましたけど!?
公爵家全体で応援ってどゆこと!?
聞き捨てならないっていうかとんでもないことになっている気がして、背筋に嫌な汗が伝う。
勿論表面上はなんてことない風に受け取るけど……。
そんな私の気持ちに気づいているのか、シリウスがそっと私に囁いた。
「俺とお前の自宅は狭いが、お前の世界を狭めたいわけじゃない。ある程度自由に遊べる場所は必要だろう?」
「ワ、ワア……ウレシイナア」
なるほど、完全な監禁は止めたけど周囲を抱き込むことで私を包囲する作戦だね!?
抵抗するよりも協力した方が私の自由が確保できるし、なによりシリウスを説得する労力と彼が離反する危険性を排除できるっていうノクス公爵様の判断だろう。
(あれっ、そうやって考えると私は猛獣を手懐けるための餌っぽいな……?)
まあそれでシリウスと一緒にいられるってんならお安いご用ですけども。
若干遠い目をしつつ納得をした私に、周囲は同情的な目を向ける。
止めろそんな目で見るんじゃない。
「し、しかしながら問題もありまして」
咳払いをしてレオナール公子が言葉を続ける。
シリウスの視線に、ぴゃっと肩を竦める姿がちょっと可哀想。
「ぼ、ぼくがあんな行動に出たのはですね、あの、その、隣国の王子殿下と手紙で親しくしているんですが。あっ、隣国の王子と知り合ったのは貴族間交流の一貫で……」
「レオナール、要点だけ言え」
「はい! 王子殿下によると、隣国には王女が三人いて兄上はその三人のどなたかをお迎えし、両国の間を繋ぐようになると……すでに王女殿下のお一人とはお心を交わしていると、ひっ」
「ちょっとシリウス!」
「そんな事実はない」
まあそうだろうなとは思う。
小説でもそんな描写はなかったし、もしそんなのがチラッとでもあったら小説版のシリウスなら義妹に対する秘めたる想いを胸に彼女を支えていこうなんてしないはずだ。
真面目で一途、そういう性格の青年で描かれていたんだもの。
少しでも想いを交わしている、貴族としての責任の意味でも結婚が考えられている……なんてことがあるなら、他に関してシャットアウトするはずだ。
まあ今現在のシリウスは私をがっちり囲い込んで全部の愛情を向けているので、小説と違ってアナベルに対しても割とドライって言うか……兄妹らしい? 距離感? なんだと思うけど。
「シリウスはその〝オウジョサマ〟に心当たりは? もしくは王子殿下、そうした接触があってシリウスが知らないだけで公爵様もそのおつもりだったとかは……」
私がごくごく当たり前の疑問を口にしたところで、シリウスと王子が顔を見合わせて大きなため息を吐いた。
お? その反応、心当たりがあるってことですね?