56
ガチャ、ガチャ、ガチャン。
三つの鍵が外れる音に、私はキッチンから顔を覗かせる。
およ、しっかり直したつもりだけど鍵の音が良くないな。
機能を少し損ねたのだろうか?
まあ開いたのだからいいだろうと思いつつ私は彼を出迎えた。
「おかえりなさい、シリウス。お客様は帰った?」
「ああ、お帰り願った。もう訪ねて来ることはないだろう」
「そ。……にしても、早く帰ってきすぎだよ。こっちはまだ料理の仕込みも済んでないのに」
「いいさ。待ってる時間も楽しい」
くすりと笑ったシリウスは私のことを抱き寄せると、額にキスを落とす。
さらっとそういうことをしてのけるんだよなあ……もう照れなくなった私も成長したもんだ! ハハッ。
思わず乾いた笑いが出たけど、別にいやじゃないからね。
「このおもちゃは退屈凌ぎになったか?」
「……そうねえ、結構時間が潰せた、かな」
おもちゃ扱いされた玄関の魔法錠。
コレ一個一個がお城とかで使われていても遜色ない代物だってわかっていてこんな発言をするシリウスに若干引きつつも、私は笑顔で答えた。
そう、時間と集中できる環境さえあれば私にとってこれはパズルみたいなものだった。
確かにシリウス不在で時間を持て余していた私にとって、良い退屈凌ぎであったことは否めない。
「首輪を嵌めてご主人サマを大人しく待っていたのに、魔女って言われちゃったけど?」
「おやおかしいな。俺は最愛の人に贈り物をしたのであって、首輪なんて無粋なものはないはずだが?」
しれっと私の嫌味を甘ったるい言葉で無視して、シリウスは私の手を取ってキッチンに向かう。
煮込み途中の料理にちらりと視線を向けて、ご機嫌な様子でワインセラーからワインを選び始める。
「そもそも、あいつらは根本的に間違えていたからちゃんと教えておいた。もう大丈夫だろう。……多少気になるところはあったが」
「気になるところ? っていうかなんて教えたの?」
弟君が納得して帰ったのか、それとも脅されて帰ったのか……それによっては結構内容変わると思うけどね!?
まあシリウスにとってはどっちも〝教えた〟になるってのが恐ろしいところではあるけど、そこは兄弟間で解決してほしい。
「ああ、俺の方がセレンを捕まえて口説き倒してここにいてもらっているという話をした。術やそういった類いでもなければ、ハニートラップでもない。そういう手管は持っていない人だと教えておいた」
「それはそれでなんか悔しいな!?」
これでもそれなりに名の通った暗殺者(仮)だったのに!
いや、確かにそういったお色気的な内容はほぼなくて、暗殺者というよりは弱みを握ってくるとか秘密を探ってくる方がメインだったけどもォ!
「俺の方が今じゃあすっかり飼い犬だ。そうだろう?」
私の手を取って、頬をすりっと寄せるシリウスは私の目を見て微笑む。
いつだってこの男はずるいんだよなあ。
私を捕らえているくせに、実質主導権を渡してくる。
けど決して離れるつもりはないから、主導権を握らせるのは私が大人しくしている間だけ。
そしてなによりこの男、自分の顔が私に効くって理解してやっている。
「……じゃあ堪え性のない牙を抜かれた狼さんは、大人しく着替えて料理を手伝って」
「ああ、わかった。今日は俺の好きな煮込みだろう? ワインはこれにしよう」
「じゃあそのワインとワイングラスをついでにダイニングに持っていって」
気になるところがあるって、なんなのかは食事をしながらでもいいだろう。
今頃あのお坊ちゃんたちはシリウスの言葉を受けて……脅されて? どうしているんだろうか、なんてちょっとだけ思ったけど、それこそ私が考えるべきことじゃないので何も考えないことにしたのだった。