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だめだこりゃ。
早々に私は説得を諦めて、どうしたもんかと考える。
「そっちの魔法使い、この家がシリウス・フェローチェス・ノクスが持つ公式な建物であることは知っていて破壊行動に出ているのよね?」
「当然だろう! ジョンは僕の専属護衛だぞ!?」
「ふうん。名乗りはしてないけどお顔は存じてますよ公子様。それを知っているってことは私がここにいることを公爵様がお認めになっているってコトもご理解されてますかね」
まあねえ、心情としては理解するよ。うん。
でもさ、ここは私の持ち家じゃなくてノクス公爵が認めている、嫡男の持ち物の一つなんだからそれを〝気に食わない〟で次男が壊していいのかって言ったらまあよくないよね!
なので上司には逆らえないっていう点で情状酌量の余地はあれども、誤った行動を専属の護衛なら諫めなくちゃいけないからどっちにしろあの人は詰んでいるわけだけど……壊す前なら! まだ罪は軽いぞ!!
そう言外に告げれば、ジョンと呼ばれた護衛はびくりと手を震わせた。
(うーん、専属の護衛って割になんかいろいろ意思が弱そうなタイプだなあ)
加えて、公子……そう、つまり末弟のレオナール公子。
つい先日までノクス公爵家の正統な跡取りとして遇されていた少年。
(確か……十五、六才だっけか。今)
アナベルとよく似た面差しは、まあ親戚だからかシリウスともどっかしら似ているから不思議。
ただシリウスに比べたら当たり前だけどやっぱり子供で、アナベルと同じように表情を隠し切れていないところを見るにだいぶ甘やかされて育っているのでは……っていう印象だった。
いずれはこの可愛い男の子も公爵様みたいになっちゃうのか~って思うとちょっと……いやかなり? 貴族って怖いなって思っちゃったね!
「ちっ、父上がお認めになっている、だと……!?」
「いやそもそも私のことどういう認知なんですかね」
こちとら正式ではないものの、ちゃんと試用試験(?)を突破して正式なメイドになった挙げ句に退職金をもらわず逃亡、強制連行の上でこの待遇のいい家の中で監禁生活を余儀なくされていたんですけども。
なーんか公子サマには『兄を誑かした魔女』って言われるのは納得いかねえ!
「どっちかってーと誑かされたのはこっちでは!?」
「なんだと! 兄上が貴様のような貧相な女を選んだとでも言うのかこの自信過剰女!」
「酷い言われようすぎない?」
確かにまあ貧相っていうか普通っていうか平均的な体型ですけども。
彼に見合った美貌も魔力も地位も名誉も持ち合わせてはいないので、公爵家のお坊ちゃんからしたらそりゃ不適合な女でしょうよ。
私もそう思うもの。
でもさあ、それが何がどうしてこうなったんだかわかんないけど……。
「世界の不思議なのか、その通りなんだよなあ……」
「なんだってー!?」
「あの、坊ちゃん……あの人の首にあるのって」
「……おそらく兄上が用意したものだろう。宝石の質がいいのは遠目でもわかる」
「いやそうじゃなくて」
ジョンさんはこちらを見てビクビク震えている。
うーん、どうやら彼は態度と性格に問題はありそうだけど、実力は確かなもののようだ。
「あんなクッッッソ重たい感情入りのチョーカー与えられている段階であの人が自らとは思えないですう……」
「地味に失礼な物言いだな!? ……どういうことだ」
「だってあれ、装着者は相当な魔力を使わないと外せない代物で、外したら最後追跡魔法が即時発動する仕組みのやつですよぅ」
「なんだって!?」
「あれオレが書いたんですもん。まさかシリウス様が本当にそんな術式を使うとか思わなくってえ……!」
「あーそういえばそんなこと言ってたわー」
逃げても追いかけるよって宣言されてるからね!
とはいえそれを明かしたのも『どうしても外したかったら別の鍵にする』って私の前で膝をついて謝罪しながらだったから今は何も思うことはないけど。
なんだったらこれ、あとは防御魔法もかけられているって話は……今ここではしなくていいか。
「まあ私は望んでここで彼と暮らしているんで、職務に影響は出ていないはずだし公爵様もお認めだってことで今一度ご確認してからお越しください。彼がもうちょっとしたら帰ってくると思うんで、ご馳走仕込んでおきたいんで!」
とりあえずよくわかんない方向からの援護射撃(?)を受けたことによって、私が一方的にシリウスに熱を上げて押しかけ女房よろしく居着いたわけじゃないってことは伝わった……と信じたい。
あとはジョンさんとやらが公子様を連れ帰ってくれれば安心安全ミッションコンプリートだよ!
「って何を家の中に戻ろうとしているんだ、戻ってこいこの魔女めー!!」
おっとそう上手く行かなかった。
まったく世の中ってのは理不尽だぜ……!