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結局この家の中だけが、私にとって自由に振る舞っていい場所であり、シリウスが安心できる範囲だった。
これを自由と呼ぶべきかどうかは、ひとそれぞれなんだろうなってことで納得することにした。
何せ、私は困ったことないしね!
理想通りの家でのんびり過ごせているっていう点では確かに、私が思い描いていた引退後の生活そのものだしね……?
どこかの田舎……というにはちょっと人里離れ過ぎではあるが、そこそこ(?)広い一軒家、立派な台所、豊富な食材。
しっかりした家具に、熟睡を許してくれる場所。
……うん、私が思い描いていた理想の家だ。
理想よりはだいぶ……いや、かなり立派になっちゃってるけども。
ついでに言うと一人暮らしして犬猫でも飼って……って思ってたのが何故か美形の婚約者が付随してるけども。
(概ね、私の思い通りになっているのでは……?)
ほぼほぼ、シリウスが以前の生活の中で私の語っていた〝理想の隠居生活〟についてのあれこれを叶えてくれたってことで確定だろうけど!!
(うーん、新居に関して妻の要望をできる限り叶えてくれるスパダリって普通は思うべきところよねえ)
でも尽くしているから逃げないで! っていうのが透けて見える関係なんだよなあ、こちとら。
それでもすっかり愛情は芽生えているし、時々めんどくさいなとか思うし、お互いの価値観にかなりの差が……まあ、それは生まれ育ちの問題ってのも大きいからすりあわせていくしかないよな?
「ただいま」
「おかえりなさい、シリウス」
玄関の三重扉が開く音が聞こえたので、出迎えに行く。
いやもう最初からツッコみたいだろうが、まあそこに目を瞑ればまるで新婚夫婦のような会話ではないか。
「……今日も派手に怪我してるね!?」
「ははは、体の怪我は残ってない。服だけがまあ、ちょっとやられたけどな」
どうも最近、アナベルが公女教育の中でノクス公爵家の水の魔法について学んでいるらしい。
その魔力が凄まじいので攻撃魔法などは実力者が周辺に被害が及ばないよう対処しなければならないので、シリウスが担当しているようだ。
ノクス公爵家は水の魔法に特化している。
その青が濃ければ濃いほどに。
でもシリウスは灰青なので、水の派生魔法である氷が強い……ってわけ。
なのでアナベルがいくら水の魔法を使っても現段階ではシリウスの方が技術面で上なので、彼女の水を凍らせて砕いて……って感じでやっているんだそうだ。
「それにしちゃ随分激しい魔法使うのね……?」
「この間、セレンを即座に連れ帰ったことがまだ許せないらしい」
「ああ……」
そういや小説でもアナベルは敵に対して容赦なく、殺害力はないけど水を顔にぶっかけるとか吹っ飛ばすとかはやっていたっけ……。
健気で優しい女の子だけど、正義感が強いとかそんな感じでさ。
そんな彼女は家族をとても大事に、愛している。
そして義兄であるシリウスと同じく、懐に入れた者を身内として大事に想うのだ。
どうやら私もそこに含まれているのだろう。
言うなれば……ええと、孤児院育ち仲間? みたいな? 友人枠?
友人って呼ぶにはあまりそこまで親しくもないから知人か?
とにかく、この間の件で『もっと話したかったのに』ってな感じで兄弟喧嘩まではいかないものの、魔法の押収が凄まじい模様。
ごめんね魔法の先生! 誰か知らないけど!!
きっと戦々恐々として遠くから見守っているんだろうけど、怖いだろうなあ……ははは。
私も捕まる直前の、シリウスの魔法怖かったもんね。
今思い出しても私を捕まえるってことはそこまで狙っていなかったってことで、ガチで命を狙われていたら……と思うとゾッとするわ。
「まったく、我が妹は随分とお転婆で困る。まあ王子がいるから将来は心配しなくていいっていうのは助かるな」
朗らかに笑うシリウスには、欠片もアナベルへの恋情は見つけられない。
あれかなあ、やっぱり私が一緒に暮らしちゃったりなんかしたから原作とずれたのかなあ。
まあ、最終的にヒロインは王子と結ばれたので、大筋としては問題ないんだろうけども。
おや? 案外上手くまとまっているのでは……?
「まあいいや、着替えてきて。私は食事を温めてくるから」
「ああ。今晩のメニューは?」
「魔牛のローストを中心にチーズリゾット、サラダ、トマトスープ。それから季節のフルーツコンポートがデザートに用意してあるから」
「すぐ着替えてくる。ああ、そうだ、キスがまだだった」
軽くリップ音を立てて私の額にキスを落とす仕草が様になっているの、本当に貴公子様だなあ。
まあ今日も〝帰ったら私がちゃんといる〟ことに安堵で瞳を揺らしたところまで、私はちゃんと確認済みですよ。
信じていないわけじゃないけど、不安を抱えるでっかいわんこめ。
なんだかんだ物語としてはきちんと進んだし、シリウスがそれなりに幸せならよかろうってもんよ。
ただまあシリウスのお相手が私なのは、最大の間違いだと思うけどね! ははは!