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「私の命綱、それから私の命――私がシリウスにあげられるのは、そのくらい。だから好きにしていいよ。でもさ」
私はシリウスから向けられる愛情を重たいものだと、表現するならそうだと思った。
だけどこうしてゆっくりと、彼に信頼されるためにとかなんだかんだと言いながら、自分の中の気持ちに向き合った結果。
「要らなくなる日がもしきたら、その時はちゃんと刈り取ってね。貴方にあげた命だけど、一人になる時は持っていたくないからさ」
私の方こそ、なんて重たくて迷惑な感情を抱いてしまったのだろう。
本来ならすれ違うことすらおこがましいって言われるような、そんな底辺と天上に暮らす私たちがまさかこんな関係になるなんて。
「捨てないでくれるなら、ずっと持っててもらえるから私は困らないしね」
焼いておいたシトロンケーキは、甘酸っぱい。
うん、いい出来だ。
しゃりりと砕けたアイシングが口の中でほどける。
「……なら、もうずっとセレンは俺のものだな」
どこか悲しげにそう言うシリウスに、私はほんの少しだけ申し訳なさを覚えた。
彼は私を大事にしたい。大事に大事にしたいがゆえに、閉じ込める。
それがわかっているのに、私は私を大事にする方法がわからない。
それは前世の記憶があったって、どうしようもないものだ。
私は私を大事にしてくれない暮らししか知らないし、私自身が私を大事にしているつもりでも最終的に命の危機に瀕すれば、しょうがないなあとしか思えない。
シリウスのことは大好きだし、世間一般で言うところの愛とは少し違うのだろうけど、それでも愛していると少なくとも私は胸を張って言える。
でもたとえば、私が自分の死を〝しょうがない〟と簡単に受け入れてしまえるように。
私はきっと、シリウスが命の危機に瀕したとき必死で助けようとはしても、彼が死んだ時も〝しょうがない〟と受け入れてしまうような気がする。
これまで、そうだったから。
私と一緒にいた孤児院で、上手に育たなかった子も。
同じ頃に裏社会に引き取られた子の姿が見えなくなった時も。
一応お世話になったであろう組織の先輩が逃げ遅れて捕まって、それきりなことも。
ほんの少しの寂しさはあっても、私の中には常に〝しょうがない〟ってその言葉で終わらせてしまう何かがあるのだ。
だからせめて、要らなくなったその日にはきちんと私を捨てきって欲しいのだ。
自分はどこか壊れているのかもしれないという自覚はある。
だから、彼に全てを捧げてしまって空っぽになった私が空っぽのまま生きたって何も面白くないでしょ?
これが私の精一杯だ。
安心させたいのに、どうやって安心させたらいいのかわからない私の精一杯。
これ以上のことは思いつかなくて、私は残りのケーキをぱくりと口の中に入れた。
「ああ、わかったよ。……ありがとう、セレン」
同じようにケーキを口に入れて、シリウスはなんてことないように笑った。
綺麗な笑みで、真っ直ぐな目を私に向けて。
「……形はどうであれ、俺たちは一緒だ。この家は俺たちにとっての城だ。お前は俺が守るよ、ずっと」
どこかうっとりした様子で、私の手を取るシリウス。
……うん、どうやら少しは安心(?)してくれた、ような……?
でもなんかお互い真意がすれ違っている気がしないでも、ない、ような……?
んんん、安心させるつもりが悪化してないか、これ。
ヤンデレの対応って、難しいなあ!?
おそらくヤンデレへの対応で正解なんてないけど、地雷原を踏み抜くことだけはしていない主人公。