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「困ったことになった」
「困ったこと?」
そんなある日のこと。
シリウスが帰って来るなり、深刻な表情でそう告げてきた。
彼がそんなことを言うなんてよっぽどのことでは……と身構えたのも束の間、なんとただアナベルが私に会いたいと強く訴えているという話だった。
なんじゃそりゃ!
「えっ、連れてくるか私が行けばいいのでは」
それで万事解決じゃない?
長期間お泊まりでシリウスをのけ者にしようとかそういう話じゃないんだし。
私が首を傾げると、シリウスはより深刻そうな表情を浮かべる。
「……家に他人を呼びたくない」
「他人ってアナベルはあなたの妹でしょうが」
「……アナベルは百歩譲って許せるけど、アナベルが来るってことは当然だけどヴェゼルも来るだろ」
「そりゃ護衛騎士だもの」
確かにあのしかめっ面男が敬愛するノクス公爵家の長男の恋人に収まった私を見てどんな顔をするのかと思うと、ちょっと……いやかなり気が重いけどさあ。
「アナベルを家に入れたら、あいつも家の中に入るだろ」
「そりゃそうでしょう」
だって護衛騎士だもの!
なんなんだ……何が言いたいんだと思ったけどすぐに理解する。
「まさか、家の中に他の男が入るだけでいやなの?」
「……」
不貞腐れた様子でふいっと視線を逸らすけど、なんだよもー可愛いな!
いやでもだいぶ拗らせてません?
えっ、こんなに愛情表現毎日頑張ってるのにどうしたらいいのさ!?
「じゃあ外で会うしか」
「……屋敷に連れて行く。でもアナベルと話したらすぐ帰る」
「うん。それでいいよ」
おそらくだけど、私のことを公爵様が認めていると言ってもおそらく周囲は私が思っているようにこの関係は〝一過性のもの〟と思われているんじゃないだろうか?
シリウス自身の愛情の重さを考えるとこれが一過性なのか……ってのは甚だ疑問に思えてならないけど、実際に噂の婚約者が屋敷に来ていると知れば様子を見に来る連中がいないとも限らない。
そうして私がそんな彼らの嫌味、あるいは好奇の目線に晒されて私がショックを受けるとでも思っているんだろうか。
それとも甘言に惑わされるとか……。
おじけづくとか思ってたり?
(どうにもシリウスは強引なくせに、臆病だからなあ)
それでもアナベルに対して甘いのは、長兄としての性格なのか……それともアナベルが甘え上手なのか?
「アナベルは放っておいたら突撃してきそうだから……」
違った! アグレッシブだったわ!!
おやおや?
小説だともっと……こう、明るくて可愛いけどもうちょい周りに振り回されている感のあるヒロインだったんだけどな……?
「それにヴェゼルもセレンに会いたいとか言うんだ」
「ええ……? あいつがぁ……?」
思わず眉間に皺を寄せて零した言葉に、シリウスまで苦い表情をするのはなんでよ?
彼は立ち上がって座る私の傍らまで歩み寄ったかと思うと迷わず膝をついて、私の腰に抱きつくようにして甘えてきた。
思わずいつものように手を伸ばし、その青みがかった黒髪を優しく撫でる。
思ったよりも固くなくて、するりとした感触が気持ちいい。
私が撫でると、それまで難しい表情を浮かべていたシリウスの表情が和らいだ気がする。
ううーん、この大型犬男子め!
私がこうされると甘やかすってわかっててやってんだろう!!
ちょっぴり悔しくて乱暴に撫でても、シリウスは優しく目を細めるだけだ。
「……セレン。アナベルと会っても、俺と一緒にこの家に帰ってきてくれるよな?」
「勿論だよシリウス。ここが私の家なんでしょう?」
「ああ。……ずっとこうしていられたら、いいのにな」
私の膝に顔を埋めてそんなことを言う彼になんというべきか、私は途方にくれるのだった。
どうやったら愛情に安心してくれるのかねえ、この人!