46
まあそんなこんなでシリウスと私は結構仲良くやっていた。
窓から見える景色が木しかないこと、他の人に出会えないことを除けば、割と理想的な生活だ。
暗殺に怯えることもないし、食料は豊かだし。
なんとお風呂も毎日入れるし!
お風呂ってのはどうしたって水を大量に使うので、その水を管理するのが大変なのだ。
大きな町なら水道設備がある程度充実しているのでそこまで問題ではないけれど、いや金銭は別としてね?
そういう施設や水道が配備されていないような田舎町になると、お風呂ってのは井戸から大量の水を汲み、大きなお鍋でその水の一部を沸かして風呂桶に溜め、残った水で調整する……みたいな重労働なわけ。
しかも井戸も有料だったり無料だったり、土地によって違うのでそこでも一苦労だよね。
(なのにこの家には浄水用の魔石はあるし、井戸もある……井戸から二階のシャワールームに水が届くような設備まで……)
どんだけ私に不便さを感じさせないように考え込んで作ったんだ、この軟禁家屋。
ここまで行くと逆に感心しちゃうわ!
「……ねえ、シリウス」
「うん? なんだ、セレン。欲しいものでもできたのか?」
「いやそれは足りているからいいんだけど。私ってシリウスの婚約者なんだよね。……いや、今のノクス公爵家にとって私って辞めてるからメイドでもないし、どういう形で公爵様に納得してもらったんだろうと思って」
嫌なわけじゃないよっていうのを前面に出してね!
何が闇落ちスイッチかわかんない以上、ただの疑問風にね!
いやほんと、これは純粋に疑問だよね。
メイド……でもあれだけど、メイドですらない一般人の私を婚約者に据えるって……。
勿論シリウスの意向を第一にって公爵家の人たちは考えてくれるに違いない。
そういう意味で家族に甘い人たちだから!
でも周囲の人たちはどうだろう?
私が危惧していた、身分の低さがシリウスの負担になっていないだろうか?
こうして私の隣に毎日帰ってきてくれるシリウスに疲労の色は見えないけど……それでもやっぱり、少し申し訳なさを覚えるって言うか。
「うん? ああ、義父上は特に気にしてらっしゃらないし、周囲の人間は黙らせたから気にしないでいい」
「ん?」
「自分で言うのも恥ずかしいが俺はノクス公爵家の血筋としてはなかなか強い力を受け継いでいるんだ。普通の令嬢たちは俺の見た目だけでも怖がるし、ましてやその強い魔力を受け継ぐ子を生むなんて難しいとすら家臣たちも考えていたようで……俺が大切に想う女性ができたと言ったら喜んで祝福してくれたよ」
いや今黙らせたって言ってたじゃない!?
思わず突っ込みそうになったけど私も笑顔を浮かべておいた。
「そ……っかぁ、じゃあ問題ないみたいで安心したよ。でもご挨拶とかは一度くらいはした方がいいのかなあって」
「挨拶? ……それはそう、か。そうだな、俺の婚約者ということを周知しておくのは大事かもしれないな」
言っていることと表情が伴ってないんだよな~……。
まあダメ元で言ってみただけなので、私としてもシリウスを困らせてヤンデレ化を勧めたいわけでもないからそっと彼の手に自分の手を重ねる。
「私たちの関係に問題がないなら、別に新年とかそういう……公爵家がどうかはわからないけど、とにかくそういった時にででもいいんじゃない? 最低限ご挨拶しなきゃいけない日に一緒に出かけられればそれでいいと思うんだけど」
「そう……だな。ああ、そうしよう」
私の提案にホッとした様子を見せるシリウス。
まだまだ先は長そうだと思うけど、私の手をぎゅっと掴むその姿はどこか弱々しい。
チラチラと向けられる視線は、まるで叱られるのを恐れるワンコそのもの。
(ああ~~~だからさあ!)
そういうところにキュンと来るからやめてくれないかなあ!
普段は凜々しい男のそういうギャップにこちとら弱いんですよ! 最近わかったけど!!
(……私ががっかりしたんじゃないかとか思ってんだよね、多分)
シリウスの言動は、とてもちぐはぐなところがある。
私に逃げられるのは怖いから、傷つけることも監禁することも厭わない。
怪我をさせたいわけじゃないけど自分の手元には置いておきたいし、監禁はあくまでも私を安全なところで守りたいからだ。
外の世界には誘惑が多く、傷つけるものも多い。
彼は自分の知らないところで私が危険な目に遭うことを極端に恐れている。
それがこの生活なのだ。
なのに、私に嫌われることをものすごく恐れている。
嫌われたくないから何が何でも尽くしてみせるし、小さな言葉一つ一つに一喜一憂する。
あくまで私を一番に、だけどそれはどこまでも身勝手な愛情表現。
「……シリウス」
「っ、ああ」
「眠くなってきたから、ベッドまで連れて行って」
「勿論だ」
私が〝許し〟を与えることを、常に彼は求めている。
困ったなあ、なんて歪んだ愛情なんだろう。
彼に何かあった時、私も共倒れになるような生き方だ。
シリウスは自分が死ぬなら、私も死んで欲しいと願っているに違いない。
まだ理性が残っているのか、口には出さないけど。
でも、もし彼に何かあったら人知れずこの家の中で私は朽ちるしかない。
それが彼の本質を表していて、それが哀れで、そして愛おしい。
誰にも必要とされなかった、誰にもなれなかった〝私〟はここに誰よりも相応しいに違いない。
「……シリウス」
「なんだ?」
「私が起きるまで、傍にいて。隣で眠ってくれていいから」
「……ああ、わかったよ」
私の要求に応える度に、甘く笑うこの人に。
なんだか泣きたい気持ちになったのは、あまり自分でも理解したくなかった。
実は双方向で重たい感情を抱えているっていう