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「当面、セレンにはこの部屋で暮らしてもらう。俺も騎士団に在籍している以上、常にはいられないからその間は悪いが鎖で繋がせてもらうことになるが……帰宅したらこうして自由に過ごしてもらって構わない」
「え、ちょ」
「生活に慣れてきたら、この部屋以外も自由に行けるようになるさ」
「ちょ、ちょっと待って……」
何も、理解が、追いつかないんですけども?
目の前には朗らか笑顔のシリウス。
以前と同じように、かっこいい姿はそのままだけど……とんでもない発言の連発に本物かって疑いたくなった、が、恋心云々を抜きにしても裏稼業で生きてきた私にはわかる。
このシリウスは本物だ。
えっ、あなたは一途に義妹を愛しその愛のために尽くすタイプでしょ? なんでメイド(仮)を朗らかに監禁する必要が……!?
「あの、私が逃げ出したことを咎めるためのもの……ですか……?」
「なんだその口調。前のように気軽に話してくれていいんだぞ?」
おかしそうに笑うシリウスは、いつも通り……そう、いつも通り過ぎる。
この部屋と、先程の発言がなければ。
「……何も言わずに俺の傍から君がいなくなったことは、堪えた」
呆然とする私をよそに、シリウスは近場にあった椅子に腰掛けて口を開いた。
その眼差しはどこか暗く、私はぞくりとしたものを感じる。
「それでどうしてか考えたんだ。あの日、俺が部下と……元部下か、あいつと話していたことを聞いていたんじゃないか? セレンは腕利きの暗殺者だ、あの雑踏の中で俺たちが声を潜めようと、聞こうと思えば聞き取るか……あるいは読唇術を使うこともできる。つい、失念していたが」
「……」
「俺はあの日、話があると言っただろう?」
シリウスが私に手を伸ばす。
私の頬に添えた手は、ひどく熱かった。
「あの日、ノクス公爵家に戻ることが決まった話をするつもりだった。前々から義父とは話をしていたんだ。アナベルが幸せになれる道も、公爵家の行く末も……俺が一介の騎士として生きても、何も問題ないほど盤石となった」
「……」
灰青の目が、私を見ている。
ただ、私だけを見ている。
その声は落ち着いていて、穏やかで、だけどどこか危うさを感じさせた。
「体の関係を持ったのは軽率だった。いろいろと手順を踏んで、ある程度目処がたったことで浮かれていたんだろうな」
「浮かれて……?」
アナベルが、王子と恋仲になったことがショックだったんじゃないのか。
いや今更だなと自分でその考えを打ち消した。
だって彼が今、目に映しているのは私なのだ。
恋した女性の代わりと言うには、あまりにも……そう、小説の彼の愛情とはかけ離れているような?
(いや待てよ)
シリウスが恋したアナベルは、彼に対して親密になり全面的な信頼を寄せていた。
……私も、一緒に暮らして素で喋ったり食事したりと親しい関係(?)だったし、信頼関係ができているのを感じていたよね。
アナベルは義妹で、そもそも従妹。
恋心を抱いたとしても実らせるわけにはいかない関係だ。
対する私は身分的な問題はあっても、逆を言えば柵的な家とか貴族とかの関係がないのでいろんな意味で障害がほぼない。
(あれ、あれあれあれええええ?)
つまり彼の……恋する女性が義妹ゆえに秘めた愛として耐え忍び尽くしまくるあの重たいまでの愛情は、今、自惚れていいなら私に全部、全部、ぜーんぶ! 向けられているってことだよね!?
それなのにその対象が逃げ出した。
一途キャラゆえに、彼は諦めなかった。
見つけたらどうするか?
そこまで考えて私は顔がひきつりそう。
「あの日はこれからもセレンと共に暮らすための手筈が、ようやく全て整った日だったんだ」
彼は、私を逃がす気なんて――初めから、これっぽっちも、なかったんだ。
私の頬に手を添えたまま、うっとりと微笑むシリウス。
「これからはこの家で二人で暮らしていこう。不自由さは初めはあるかもしれないが、慣れない土地だし……食事は全てこちらで用意するが、そのうちまたセレンの手料理が食べたいな。今はまだ混乱しているだろうからさっきも言ったようにこの部屋で過ごしてもらえばいいし、外に出ないから寝間着でいいかと思って。そのうち落ち着いたらまた服を贈らせてくれるか? セレンが強いことも要領がいいことも理解しているが、また働きに出て危ない目に遭ったらと思うと気が気じゃないんだ」
お、おお……。
こんな饒舌なシリウス、初めてだな……!?
小説でも無口ではなかったけど、あまり喋らないキャラだっただけに驚きだよ。
しかもなんか笑顔の圧が強いし。
(あ、これ……今私が何を言おうと、変わらないヤツだあ……)
まさかの主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?
タイトル回収である。