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逃げ出してから半年近く経過した。
昔取った杵柄ってのは確かなもので、あのぬるま湯生活に慣れきっていたかと思ったけど私は案外元気にやれていた。
ノクス公爵家に対して後ろ暗いことは特にない。ないったらない。
いやあるけども!
シリウスと体の関係を持っちゃったのも私が彼にそういう意味で好意を抱いていたからに他ならない。
けどそれを自覚しちゃったから辞めます、なんて本人にも純粋なアナベルにも公爵様にも言えるわけねーのよ。
そもそも身分差があるから恋人になりたいとかそういうんじゃなくて、あの時傍にいて求められたのが嬉しかったのかなんなのか……正直、自分でもよくわからない。
(でもあのままあそこにいたら、きっと私は自分の気持ちを隠しきれなくなっていた)
ってことで、一身上の都合で一方的に辞めますので退職金は結構ですって手紙を出した。
勿論、書面上でだけど平身低頭謝り尽くした手紙だよ。
学がなくたってそのくらいは書けらぁ!!
まあそんな感じで、私はノクス公爵家から去り、そして今――公爵領から遠く離れた僻地にお仕事できていた。
と言っても、暗殺系からは足を洗った。
クロウとして活動すれば足がついて、心配性なシリウスに見つかる可能性だってあるでショ?
あのシリウスのことだもの。
私のことを〝裏切った〟とかそういう風には考えない気がする。
一度懐に入れちゃうと大事にしすぎて沼らせるタイプの男だよ、あれは。
まんまと無自覚に沼らされていた私が言うんだから間違いない。
(チョロい仕事で良かった~)
今回は僻地で行われている闇競売場に盗まれた家宝が……ってとある豪商から依頼を受けたのだ。
この豪商、私が以前世話になったこともある商人だったため断れなかったんだけど……幸いにも早々に見つけることができたのでそのまま持ち去って仲介人に引き渡せば終了だ。
依頼料は後ほど銀行に振り込んでくれるとのことで、無事に依頼完了である。
(思ったよりはキツい仕事ではなかったけど、長居は無用だな)
っていうのも、ここは辺境区にある国境沿いの、非常に微妙なラインなのだ。
密入国や密輸、人身売買と言った怪しげな商売をしている連中がごまんといるため、ここいらをウロウロしているだけでどっちの国の兵士に見つかっても厄介なのだ。
下手したら何らかの疑惑をかけられて、連れて行かれちゃうからね!
といってもすでに夜もだいぶ遅い時間なので、さすがに頑張って大きな町まで移動するような元気もない。
適当に取った宿で仮眠を取って、早々にこの町を出るのが最善だと決めた私は疲れた体にむち打って歩き出す。
(……ん?)
闇競売場に入る前は静かだった町が俄に騒がしいではないか。
物陰から様子を見ると、そこには軍服らしきものを着た一団がいる。
住民を脅かさないように移動しているが、どうやら闇競売場に向かうようだ。
(あっぶね……!)
一歩遅かったら私も巻き添えくうところだった!!
自分の悪運の強さに思わず胸を撫で下ろす。
その時、指揮官らしい人物がバッと振り返ってこちらを見た。
あちらからは、見えていないはずなのに。
(あ……)
それは、シリウスだった。
王宮騎士として働いていた時とは違う制服姿、ということはあれはノクス公爵家の騎士服なのだろうか?
黒い服装に、黒いコート……いや、あのコートは彼らが持っているランプに照らされてわかったけど、黒に近い青だった。
間違いない、ノクス公爵家の紋も入っていた。
(どうしてシリウスがここに?)
小説に、そんな展開あっただろうか?
思い出せないけれど、ここにこのままいるわけにはいかない。
私はそっとその場を後にして、この町を出るタイミングを計るべく、とりあえずの仮宿へと急ぐのだった。
 




