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「それじゃあ夜市までには戻るから、支度して待っていてくれ」
「はい、承知致しました」
「行ってくる」
仕事に出るシリウスを見送る、いつもの光景。
笑顔で見送って、私はドアが閉まってから大きく溜め息を吐き出した。
(……やらかしたよなあ、あれだよな、きっとあれについて話をしたいんだよな!?)
私は頭を抱えていた。
つい最近まで調子よく行っていたし反省を糧に物語を上手いこと繋げられたことでまたまた気が緩んでやらかしたのだ。
まず物語についてだけど……あの反省の日の後、私は即行動を起こした。
そして王子の暗殺計画について情報を掴み、それをシリウスに渡すことで計画を事前に潰すことができたのだ。
そのおかげでアナベルも無事に血統確認の儀式をようやく行うことができたし、王子との仲もじりじりとしたものではあるようだけど、上手く進んでいるようだ。
この間ノクス公爵邸に呼ばれて行ったら惚気られちゃったもん。
さすがヒロイン、恥じらう姿がめっちゃくちゃかわいかったよ……。
まあ、正直ごり押しした感は拭えない。
物語のようにハラハラドキドキするような展開などなく、予定調和を迎えてしまった……って感じ?
ただまあ私にとっての現実なので、王子とアナベルが本当に運命の恋ならちょっとした恋の障害なんぞなくても上手く行くことだろう。
そう信じてるよ!
むしろ普通はそんな山あり谷ありなバイオレンスやスリルに満ちた恋愛はそうないと思うからね!!
で、そこまでは良かった。
これで小説的には大団円、後はもう幸せエピソードで満たされる……はずだから。
まあとはいえ実際はね? 結ばれましためでたしめでたし、で終わらない。
ここからは当人たちの努力と話し合いで上手いこと続いてくれたら、友人の一人……というとちょっとこう、照れくさいけど……とにかく、アナベルが幸せになってくれたら嬉しいなと思うのだ。
問題は、私とシリウスである。
なんと我々、一夜を共にしてしまったのだ。
いやあの一回こっきりなんだけど!
お互いそれに触れずにその後過ごしているんだけど!!
(でもどう考えてもシリウスも記憶あるんだよなあ……)
シリウスが珍しく酔っ払って帰ってきた夜があった。
それは例の王子暗殺計画を未遂に防いだ少し後の話。
つまり……まあ、祝勝会? 的なものを兼ねて王子が晴れてアナベルと恋仲になったあたりってわけ。
そこで本当に珍しく泥酔した感じで帰ってきたシリウスに「傍にいてくれ」って言われて……まあ、私も無垢な子供ではないのでそういう雰囲気に呑まれてそういうことになったわけなんだよね。
翌朝、先に起きた私が先に部屋を後にしたのできちんと話し合いはしていない。
逃げたって言うな、戦略的撤退だと言え。
とまあ、そんな感じで私たちは何事もなかったかのように振る舞ってはいるものの、どこかギクシャクしているのだ。
別に責任を取って欲しいわけでもないし、恋人にしてくれなんて言う気はさらさらない。
だけどシリウスって責任感の塊みたいな男じゃない?
酔っ払って手を出した……なんて彼の誠意が許さないのでは?
しかも、義妹に淡い恋心を抱いているのに笑顔で他の男との関係を祝福した後に人肌恋しくてメイドに手を出した、なんてさ。
(謝られたくもないし、責任とって結婚を勧められるのもいやだし)
きっと彼のことだから私を傷物にした責任から友人知人の伝手を使って、結婚相手とかを紹介してきそうな予感がするんだよなあ。
でも私はこんな身の上だし、普通に結婚とかそういうのは元々考えていないから紹介とかされても困る。
だから〝なかったこと〟にして何食わぬ顔でメイドを続けているけど、シリウスはそれを良しとしなかった。
あの誠実の化身め……!
それが今日の『夜市に二人で行かないか』である。