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小説の展開はまだまだ続く、が、正直なところ私は関係ない日々でもあった。
アナベルは順調に大公家のご令嬢としての勉強を進める傍ら、自分に芽生えた特殊技能について活用していく方法を模索しているらしい。
それについて何故私に相談してくるのか、そこがちょっとわからないんだけども。
(孤児院育ちって同じ境遇で育ったって共感がいけなかったのかなあ)
ぶっちゃけ、貴女の義兄の部下に過ぎないんですよ私。
名目上メイドだけど実際には戦闘とか潜入とか、そっち系が専門なんですよ私。
いやまあ今それらの技術はまるで意味を成さず、私はただただ毎日美味しいご飯作ってフカフカお布団用意して『お帰りなさいませご主人様~』ってシリウスをお出迎えする日々なんだけどね!!
ちなみに毎回普通に『お帰りなさい』だと面白くないかと思ってバリエーション豊かにお出迎えしたんだけどドン引かれた。
ひどくね?
(ちょ~っと前世の記憶を頼りに萌え系メイドっぽい動きをしてみただけなのに)
お前のキャラじゃないって言われればその通りなんだけど、顔立ちは悪くないと思うんだけどな。よくもないけど。
ぶっちゃけ普通だからな!
でもそこは美味しいご飯とか献身でこう、フィルターかかるもんじゃないのか!!
「また何か阿呆なことを考えているんじゃないだろうな。ところでシチューおかわり」
「シリウス様、こんなこたぁ言いたくないですけど食べ過ぎですよ。いくら現役の騎士様だからって太りますよ? アナベル様に笑われますよ?」
「いいんだよ、ここのところ忙しく働いているんだ。美味い食事で明日の活力を溜めているんだからそこは見逃せ。ところでワインは?」
「もう一本まるっと飲み終わってんですから却下ですよ却下。明日も朝早いんでしょう?」
シリウスは公的にメイドとして連れて行く場でなければ、私には素でいて欲しいと言った。
彼曰く、気楽に過ごすための一人暮らしだったのにメイドに傅かれて暮らしたら意味がないとのこと。
まあ私が元々暗殺者で大雑把な性格だということがバレている以上、むしろ私も助かる~ってなわけでこうした会話になるわけだけども。
しかしシリウスといいアナベルといい、ちょっと新参の使用人であるはずの私に気安くない? 大丈夫?
シリウスに関しては私も公爵邸で働いているわけじゃないから、誰かに咎められることはないんだけど……アナベルも気を使って、彼女の私室でだけだし。
ああ、復帰したヴェゼルが睨んでくるけどね!
ちゃんと品物付きでお礼を言ってくるあたり、ただの真面目だったね!!
ヴェゼルはノクス公爵家に代々仕えている家の出身なので、アナベルに対してもあんな感じらしい。
絶対守るマンとしてこれからも頑張ってくれ。
とりあえず公爵家の庇護の下、小説完結の……アナベルが王子と結婚するあたりまではしっかりきっちり働くつもりだ。
そこまで行けばもう私に関する不穏なフラグは完全に折れているだろうし、そうしたらあとは退職金もらって夢のスローライフを送るのだ。
「……ご機嫌だな? セレン」
「毎日が平和ってのはありがたいことですからね」
「そうだな。……そうやってお前が笑ってくれているなら、確かに平和ってのも捨てたもんじゃないな」
「え?」
「野良猫が懐くと可愛いなって話だよ」
「誰が野良猫ですか」
ただ、時々……こうやって私を甘やかそうとする兄属性男のせいで、彼の幸せな未来が訪れるよう動くべきかなんてガラにもないことを考え始めちゃったのが目下の悩み、かな?