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「確かにアナベルが襲撃されるかどうか、それを防ぐ、調べる……その結果次第で、セレンを正式に公爵家の庇護に置くかどうかを決めると義父上は約束した。そして俺もその場に立ち会った」
「ハイ」
「が、今回確かに全ては上手くいった。……かのように見えるが、お前が強引な行動を取ったことは事実だろう」
「ハイ」
いやまあその強引な方法ってのが〝ヴェゼルが侵された謎の毒〟を無理矢理自分に傷を作って捻じ込んだって部分なんだとはわかっている。
だって他はアナベルは傷一個もないし! 薬草汁で手を汚してもらっちゃったけど!!
でもそのおかげで特殊技能が覚醒レベルで生えたんだから結果オーライでは?
「……傷跡が残る可能性があると聞いた。何故あんな無茶を……」
「私には毒の耐性がありますし、体感すればどの系統の毒かある程度はわかるので遅らせるだけでも対応が取れると思ったので……」
「確かにそのおかげでヴェゼルは助かった。彼が死ねば、アナベルの次の護衛騎士を選ぶことになり……どこぞの息がかかった輩がなっていた可能性も否めない」
たとえそれが限りなくゼロに近い可能性だとしても、ないと言い切れないのが難しいところなのだろうと私も理解している。
だってその〝ゼロに近い可能性〟に潜り込むのが私たちのような裏社会の人間のやり口なのだから。
たとえ自分たち自身が行くのでなくても、そこに行き着く護衛騎士に成り代わる、思想を植え付ける、賄賂で買収する、あらゆる手段を講じる方法を裏社会の連中は持っている。
そしてそんな連中と貴族や神殿、この国の上層部が繋がってるんだから世も末よね!
まあ、必要悪と思ってもらえたらいいけどそれを使う側と使われる側、思惑は様々で複雑ってこと。
少なくとも私を含めた下々の、一般層にとってはあまり関係のない話だから知る必要もなければ知らせる必要もない話。
だって誰が覇権を取ったって、私たちの生活がおかしくならなきゃ別にどうでもいいって大多数の人はそう思うもんでしょう?
でもそれが自分の生活に関係してくるって思えば、こっちも努力するってもんで……つまり何が言いたいかっていうと、私のこの怪我はありとあらゆることを考慮した上で必要な怪我だったってことだ。
「だがだからといって、セレンがそんな傷を負う必要はなかったはずだ。俺の到着を待てば済むだろう」
「確かに判断を仰ぐのが正しかったとは思いますが、それではヴェゼルの命は助かっても騎士としては間に合わなかった可能性があります」
「……」
シリウスが、苦虫を噛み潰したような表情をする。
それはすなわち、私の意見が正しいと彼も思っている、ということだ。
よし、たたみかけるなら今!
「私は私の〝価値〟を示す行動を取りました。ノクス公爵家の信頼を勝ち得るだけの。私は令嬢ではありませんから、この程度の傷なんてことはないです。死ななきゃいいんですよ! 死ななきゃ!」
朗らかに笑い飛ばしてくれた方が、私だって嬉しい。
傷跡は嬉しくないさ、そりゃね?
だけどさ、嘆いたってしょうがないことってあるじゃない。
私は生まれも育ちも碌なもんじゃない、そこは選べなかった。全部、生き残るためだ。
生き残る中で私は暗殺者……の見習いみたいなもんになって、たくさんの訓練と実践で傷跡だって見えないところにはそれなりにある。
今更一つ増えたところで、どうってことはない。
しかもこの傷跡は、誰かを助けるためについた(つけた?)名誉の傷跡なんだから――それらをボカしながらシリウスに言えば、彼は私の傷ついた手を取った。
恭しく、大事なものに触れるように私の手を取り、そして包帯の上からそっと口づける。
「……へっ?」
「きちんと考えがあってのことで、信頼していないわけじゃない。だが……傷ついてほしくなかっただけだ。誤解を与えるような言い方をしたのならば、すまなかった」
「えっ、いえ……ダイジョウブ……」
「公爵家の庇護に入るのならば、自分を大事にしてくれ。いいな?」
「ひゃい……」
「いい子だ」
もう一度、私の腕を包帯の腕からふわりと撫でてシリウスは微笑んだ。
その微笑みはどこかこう、まだ痛々しくて……ああ、この人ったら本気の本気でこんな私を心配したのかと、呆れてしまった。
呆れると同時に、少しだけ嬉しかったことは内緒だ。