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 しかしながら、物語通りにはいかなかった。

 本来なら襲われるはずのアナベルではなく――なんと、そのままヴェゼルが襲われたのだ。

 しかも、小説だと襲撃は一人だったはずが五人ときたもんだ。


 私たちが見える範囲でのその光景に、アナベルから悲鳴が上がる。

 しかし公爵が愛娘の護衛騎士に選んだだけあって、ヴェゼルは確かに強かった。

 加勢の必要もなく次々に倒していく様は圧巻だ。


(……でもあいつら、本職じゃないな?)


 あの襲撃犯たち、一人一人はまあまあ強いと思うけど……連携する様子もないし、騎士や暗殺者のように専門的な訓練を受けた雰囲気でもない。

 いわゆる……そう、町の荒くれ共って感じだ。


(捨て駒か)


 わかりやすくていいよねえ。

 まさしく使い捨てってことだろう。


 そう思った瞬間、更に物陰からもう一人出てきた。

 手に持つ何かを投擲しようとする様子に、私は袖口に隠し持っていたナイフを投げる。


「ヴェゼル!!」


 アナベルの悲鳴、倒れる暴漢たち――そして私のナイフを喰らってこちらを一睨みしてから去ったもう一人の暴漢。


(あいつだけはプロだったな)


 私の知り合い(・・・・)ではなさそうだったことに少しだけ胸を撫で下ろしたけど、まあそんなこと言っている場合でもなかった。


「ヴェゼル……!!」


「お待ちくださいお嬢様」


 アナベルが駆け寄る。

 私は彼に触れようとした彼女を押しとどめ、その場に膝を着いたかと思うとそのまま倒れたヴェゼルを仰向けにする。


(攻撃を食らった様子はない。怪我をしている様子もない。だとすれば最後のアイツが投げた何かだ。……私のナイフのせいで軌道が逸れたはずだったけど……)


 毒を直接振りかけたのか、あるいは針のような小物だったのか。

 慎重に様子を窺っている間にも、ヴェゼルの顔色が悪くなっていく。


「あ、あ……どうしよう、どうしようどうしよう、ねえ! マルディ! どうしたら……!」


 慌てるアナベルが今にも泣きそうな顔で私の後ろをウロウロすんのがすごく気が散る……が、その気持ちはわからんでもない。

 

 なんせ彼女はただの一般人で、貴族になったことですら困惑している真っ最中。

 襲撃されると事前に聞かされていてもやっぱり護衛騎士がぶっ倒れたらそりゃ動揺もするよねって話。


「落ち着いて。何の毒か、それとも別の理由か今確認しているから。あまり騒ぐと他の人たちが早めに来て厄介なことになっちゃうかもしれないし、人が来ないか見ていて」


「う、うん……!」


 私が襲われる方が理想だったんだけどなと思いつつ、目に魔力を集め、特殊技能を発動させる。

 私の特殊技能――分析と分離。

 とはいえ分離については無機物や自分の体内ならともかく、他人の体の中だと相手の魔力とぶつかり合って碌なことにならない……らしいので、分析だけね。


(私が毒喰らったんなら耐性もあるし、分析に使う魔力も少なくて済んだんだけど……)


 目に魔力を集めて視ると言っても実際に目で見ているんじゃなくて、イメージ的にわかりやすいのは私の目を通して他人には見えないスクリーンに分析結果が出てくる感じだ。

 集中力と魔力に精度は左右されるし、目を開きっぱなしにしていないと途切れるという欠点があるのがとっても不自由である。


(うっ、目が乾く……!)


 しんどぉい!!

 単純な毒じゃなくて、とんでもねえ情報量すぎて追いつかない。


 これ原作と違いすぎない?

 この庭にある草花でパパッと解毒剤作れるような代物じゃないよ?


 もしコレが原作通りならいっくら特殊技能に覚醒したって初心者オブ初心者のアナベルが調剤して成功するのは奇跡としか言いようがないわ。

 というか、複合毒過ぎてまったく草花関係ない解毒のための毒も必要じゃないかなこれ。


「ガハッ……!」


「ヴェゼルッ」


 分析の最中にヴェゼルが血を吐いた。

 顔色は一層悪くなる一方で、分析は終わらない。


「ああ、もう、しょうがないな……!」


「えっ、何するのマルディ……じゃなかった、コートニー」


 動揺が落ち着いたのか、今更ながら偽名で私のことを呼ぶアナベル。

 いやもうマルディ呼びしている段階でいろいろ間違っているんだけどね……?

 こんなおっちょこちょいな子だったかなあ。


 とりあえずもう限界なんだよ、目が。目が!

 あんまり推奨できたことじゃないとわかっちゃいるが、時間もない。

 刻一刻とヴェゼルを蝕む毒素は彼の命を脅かしているのだ。


 分析が最も早いのは自分の体内にそれがある時。

 そして何より自分の命に危機が及ぶと思えば必死にもなるからね!


 私は腕まくりして隠し持っていた別のナイフを取り出して、腕を切った。

 少しだけ深めにして、ヴェゼルの吐いた血を手に取る。うんうん、毒素はこっちにもあるな。


「アナベル! コートニー!!」


 少し離れたところからシリウスの声が聞こえた。

 おそらく予定と違って時間がかかっていることに気がついて、こちらの様子を見に来たに違いない。


 侯爵家の使用人が誰一人としていないこと、招待客であるアナベルだけを庭園に案内したこと、いつまで経っても様子を見に来ないご令嬢やその使用人たち……怪しいところしかないこの状況で、シリウスはいったい館の中でどんなものを見つけたのか。


 彼が走ってくる音は聞こえている。

 私は迷わず、その毒の塊であるヴェゼルの血がついた指を傷口に捻じ込んだ。

 そしてアナベルが叫ぶ。


「きゃあ! 何しているのよマルディー!」


「グッ……」


 目を閉じて、開ける。

 途端に出てくる情報は、先程よりも精査されて随分と見やすくなっていた。


(ああ、これだ)


 見つけた。

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