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お客様なのに一人庭園に追いやられた我らが主人公であるアナベルは、困惑しつつも予定通り私たちを連れて歩く。
一応小説だとここで護衛騎士は物音を確認しに少し離れ、アナベルは侍女と共に足を止めて花を愛でる……とかなんかそんな感じだったはず。
(まあ、大筋は小説通りにことが進んでいるみたいだし……何もないならないで、情報屋からの連絡もそろそろ来るからそれで何とかチャラにしてもらえばいいでしょ)
当然ながらノクス公爵家に保護してもらいたい私としては、物語通りに事件が起きてくれてそれを未然に防ぎ、自分の有用性をアピールしたいところだけど……。
万が一、何も起きなかった場合のことを考えれば次善策を用意しておくのは当然のこと。
私は決してすごい暗殺者じゃないけど、そこそこできるタイプだからね!
裏の伝手を使って、今回の貴族たちの裏の裏まで探っておいてもらった情報がそろそろ届くはずである。
まあ若干財布には痛手だったけど……私の将来について、保険をかけたと思えば安いもんよ!
「……綺麗な庭ね」
「ノクス公爵家の庭ほどではございません」
「もう、ヴェゼルったら……」
(おいおい、堂々と他家の庭を否定すんじゃないよ)
アナベルの何気ない呟きに、ヴェゼルが即座に答えるのはよくある光景だ。
何がどうあってそうなったのかは知らないし、知る気もないけど……とにかくこのヴェゼル、アナベルへの忠誠心なんだか崇拝なんだか、おっそろしいほど彼女に対して忠実だ。
そんなキャラいたっけなあと思いつつも、あの小説は少なくともノクス公爵家内で彼女のことを悪く思う人はおらず、ただただ不憫な生い立ちのアナベルの愛されエピソードって感じだったからヴェゼルもそうなのかもしれない。
現実的なことを考えるなら、敬愛する主君の大事な大事な愛娘だから彼女のことを第一に……っていう思考かもしれないけどね。
(それにしてもこの庭、見事なまでに赤い花ばっか咲いてんなあ……)
有名どころからマイナーどころまで、見事に赤い花が揃っている。
ちょっと奥まって普通は入れないところに触っただけでもヤバいって猛毒キノコまであって、いいのか? 侯爵家。
(どんだけ赤で統一したいんだか)
お貴族様の娯楽なんだろうけど、わっかんないわ~。
いや薬草園を兼ねているとか?
私の知り合いの薬師も自宅に薬草園作ってて、綺麗な花咲かせてたけどあれ全部毒草だったしなあ。
毒草は良い薬の材料にもなるからね!
(ま、それはともかくとして……)
怪しい連中が隠れようと思えば隠れられるポイントがいくつもある中で、アナベルは緊張しっぱなしのようだ。
そりゃそうか、慣れない貴族令嬢としての社交(?)に加えて『暗殺者に狙われている可能性が高いですよ』なんて事前に聞かされているんだから。
いっくら〝守られている〟とはいえ、守られている事実も負担に思っているこの状況が彼女の精神に負担をかけているのは明白だ。
だからこそその負担がバネになって小説では『自分がしっかりしていないから……!』とアナベルを庇って代わりに死にかける侍女を助けるため、覚醒するわけだけども。
(とはいえ、アナベルのその能力は後々の王子とのラブロマンスのためのエッセンスみたいなもので必ずなくちゃならないってわけでもないからね)
特殊技能である以上、きっかけがあって目覚めるパターンもあるけど……そこはノクス公爵家の権力もあるし、なくてもまあなんとかなるっしょ!
それにしても花を眺めるヒロイン……絵になるわあ。
確かに可憐で思わず同性でも見惚れちゃうなと感心していると、カシャンという金属音が聞こえた。
なんてあからさまな!
そう思ったけどまあそれはそれ、これはこれ。
「アナベル様、侍女の傍を離れないでください。自分が周囲を確認して参りますので」
「え、ええ……」
よしよし、計画通り!
ヴェゼルも私に視線を寄越したので一つ頷いて返したけど、あの視線……ちゃんと仕事しろよって言われているみたいで心外だな!?
私は! お給料分のお仕事をきちんとするタイプなんだからね!!