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夜市はまあまあ賑やかだった。
屋台飯も悪くない。うむ。
そして予想通り、シリウスは町の人たちに憧れの目を向けられていたね。
特に女性から。
とはいえ、彼がノクス公爵家のご令息だってことを知っている人はいないようだ。
有名人じゃないのかって思うけど、騎士服を着て出て行くだけだしそんな雲上人が町中で暮らしているとは思っちゃいないって感じで『似ているけどきっと別人だよね』みたいな空気のアレよ。
(でもまあ心配するほどじゃなかったか)
親切そうな仮面を被っているけど、一線はきちんと引いている。
シリウスの対応は騎士の態度として間違いないもので、初恋泥棒にはなるかもしれないけどそれ以上でもそれ以下でもない感じだ。
(……まあこの程度なら問題ない、か)
そりゃそうか、公爵家側だってその辺はきちんと調べていることだろう。
なんたって跡目を継がないにしたって、公爵家の令息になんかあったら困るからね。
今後、どこぞの令嬢とお見合いだってあるだろうし……。
「セレン、あの串焼きも買うか」
「そんなに肉ばかり食べずきちんと主食になるものも召し上がらないと」
「たまにはいいだろう? 普段の料理も美味いが、こうした賑わう場所で食べるものが美味いんだ」
「……かしこまりました。お酒はどうしますか?」
「そうだな、いや……それは家に帰ってから呑む。その時は付き合ってくれ」
おや珍しい。
食前のワインを多少嗜む程度で普段は酒を飲まないようにしているシリウスだけど、今日の夜市は随分と気分が高揚しているようだ。
(……そのくらいの変化がわかる程度に、私も一緒に暮らしているってことだもんな)
情が移る前に、なんとか距離を保たないと、な。
私もだけど、彼の方が問題だ。
(小説ではアナベルに想いを寄せながらその心を隠して兄に徹し、王子との恋路を見守りつつ側近としての役割を忠実にこなすのよね……)
どこまで行っても真面目な男、それがシリウスだ。
私に対して変な情が湧いてこのまま部下として好待遇で迎えようとか言い出し兼ねないからなあ。
確かにお給料の面ではとても魅力的だけど、私は世話を焼かれたいわけじゃない。
ついでに、同情されたいわけでもない。
まあ、生まれ育った土地が改善されるってんなら大歓迎だけど……それはそれ、国としてはやって当然の施策でしかないしね。
(……そろそろ、義妹への恋情を感じ始めているのかな~)
残念ながら私は物語にどっぷりハマっていたわけじゃないらしく、彼女の恋物語に興味はわかない。
ただまあ、この生真面目な上司が幸せになれたらいいのになとちょっとだけ思うのだった。