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「……それで? いつ暗殺者のクロウになったんだ?」
「そうですねえ」
思い出しながらサラダをフォークでつつく。
今回のドレッシングは少し酸味が強すぎたな、失敗だ。
「ある日、私を下っ端としてこき使ってた組織が摘発されるって話が出て、みんな散り散りになったんですよ。で、私も上手いこと逃げられました。暗殺者の先輩は捕まって投獄されてそれっきりですね」
潜む術も、変装してその土地に馴染む術も学んでいた。
見た目ではあまり成果が期待できないと閨系は教えてもらわなかったけど……まあ、娼館のお姉様方に見学させてもらったから、やるこたぁわかる。
わかるがやれるとは言わない。決して。
けど、幸いにも私には特殊技能があった。
それに、大量の雑用をこなしていくうちに潜入や情報収集の能力が上がっていたし、魔力が低くてもその操作性の精度は高かったことから器用貧乏ながらに大抵のことはできた。
加えて雑用をしていた頃からの、裏社会の伝手もあった。
おかげで私は小銭を稼ぐのに苦労せずに来られたのだ。
「……とはいえ、折角のチャンスでしたからね。顔を知られないように仮面を被り、何でも屋のように仕事をしていたらいつの間にかあのおもちゃのお面とこの黒髪から【クロウ】なんてあだ名がついてたってわけです」
「仕事を選り好みしてたという話は?」
「ああ、それもまあ私は自分の実力はわかってましたので……できる仕事しか請け負わなかったんですよ。暗殺はまあ……なかったとは言いませんが、殆どが情報を盗んでくるとか悪評をばらまくとか、そんな感じでしょうか」
結果として貴族家や商家が没落していく……なんてこともあって、不吉な鴉の影が見えると……みたいな感じでネームバリューだけが先行していったってのが事実だ。
まああとは小悪党の始末とか、恨み辛みの行く末の……みたいな感じのとか?
そういったものを手伝ったり後始末したりってのが多かったんじゃなかろうか。
今まで請けた仕事全部を覚えているわけじゃないから、はっきりとは言えないけど……。
「……じゃあ」
「まだあります?」
シリウス様ったら聞きたがりー!
それよりもおかわりはもういいんだろうか。
デザート出しちゃっていい感じ?
「セレン、という名前は……誰がつけたんだ?」
「深刻そうな顔して聞くことがそれです?」
拍子抜けだな!
そんなことを思いつつ私は手早くテーブルの上の食器を片付ける。
そうして作っておいた今日のデザート、アップルパイを食卓の上に置いて適度に切り分け、シリウス様の前に置いた。
「自分でつけましたよ。組織がなくなって、自立したその日に」
「自分で?」
「ええ。不便でしたし、いつまでも月曜日って名乗るのも味気なかったんで」
孤児院を出た段階で私はもう〝マルディ〟ではなかった。
かといって、適当に組織の中で呼ばれていたのもなんか違う。
心機一転、新しい人生を歩むための名前として数ある偽名の中から選んだのが〝セレン〟という名前だった。
情報収集の中で使っていた、一番可愛く思えた名前。
そう思っていたから、なるべく使わずにとっておいたのはきっとあの日のためだったに違いない。
まあさすがにそこまで話す必要もないかと私は目の前のアップルパイを少し食べる。
うん、いい感じに焼けている。
シリウスはしばらくそんな私を見つめていたけど、何も言わずにアップルパイを口にした。
「……これ美味いな。また作ってくれ」
「甘いものもイケるクチですか」
「ああ。あまりクリーム感の強いこってりしたものは苦手だが」
「わかりました。覚えておきますね!」