スカートを履く理由
緑が豊かな住宅地。 ローズピンクのショルダーバックを掛け、スーパーの袋を手に下げた、若い女性がやや早足に歩いて行く。 「まいった驚いた、ここまで動揺するとは。 女房にこの事、入れ替わりの事伝えなくて、良いのだろうか? でも最初に検討したとうり、あまりに荒唐無稽で、非現実的な話、真面目な理解を期待しても無理がある、女房も混乱して、不幸になるだけだろう。 当面、美憂と俺がこの状況に耐えるしかない」
「法的には今、俺は、誰なのだろう? 入れ替わりなんて、証明しようがないから、俺は篠原美憂であるのかな? 篠原美憂である事は簡単に証明できる。 例えば、彼女としての生体認証は使えるだろう。 反対に、以前の俺としての生体認証はだめだろう。 もし美憂が犯罪を犯していたとすれば、まあその可能性はほぼ0パーセントだろうが、その責任は俺が取ることになる。 あちらでは、反対の関係になる。 勿論、俺は犯罪など犯していないが」
「タダイマー」俺は、玄関に入る。 母親が出てきて、「おかえりなさい」 買い物袋を手渡すと、「ありがとう、後でいっしょにお料理しましょう。 今日は、私達の結婚記念日よ」母は自分の左手の指輪を示す、「お父さん、7時位には帰るから、ミニパーティ―にしましょう。 「ハーイ、着替えて来るわ」 娘は元気に階段を上る。
部屋に入り、クローゼットを開き、服を決めなければ。 美憂の忠告では「基本的に私らしく見せるにはスカートを履く事、パンツ類はダメ、キュロットスカートもダメ、基本的にスカートにして」 確かに、彼女のパンツスタイルはあまり記憶がない。 入れ替わりの前はこんな事に注目はしなかったが。 沢山のスカートからチェック柄ブルーのプリーツスカートを選び、薄手のタートルネックのセーターを合わせる。 ワンピースの背中のファスナーを下し、脱ぎ捨てる。 「女性はどうしてスカートを履くのだろうか? 狩猟採取時代、その担い手である男性は動く獲物に敏感であり、刺激を感じる習性を持っていた。 スカートはひらひらと動く、その動きは獲物を連想させ、男性を惹きつける。 例えば、何時もスカートを履いて、ひらひらと動かす美憂は、10年以上に渡り、彼を刺激し続けた。 美憂は自ら獲物であり、また優れた遺伝子を持ち、社会的適応力に優れた彼を、獲物として捕らえることに成功したのだ」
俺はスカートを履く。 別に男性を刺激する為ではない。 現在の状況に適応する為だ、元に戻れたらこの事は完全に忘れよう、彼女もそうするであろう。 鏡を見ると良い雰囲気、いかにも美憂らしい雰囲気。 ワンピースをしまい、髪を解く。 長すぎる黒髪が背中に豊かに広がる。 やや邪魔な気もするが、まあ大丈夫だろう。 家では、必ずしも髪を纏めていないと言う。
娘はスカートを揺らして階段を下りる。 キッチンに入る。 「じゃあ、始めましょう」母は冷蔵庫の野菜室から、タマネギ、パセリ、ニンニクを取り出す。「微塵切りにして、粗目にね」 俺は手を洗い、野菜をさっと洗い、母の取り出した、まな板の上で、タマネギの皮をむき、スライスしていく。 「手つき、良いじゃない」 俺は30過ぎまで独身だったので、ある程度の調理は出来る、が大した料理は作れない。 美憂のレパートリーは、カレー、みそ汁、おにぎり、サラダ類位の様だが。 能力的には、俺も同じ様なものだろう。
「次に、牛肉をスライスして、5センチ角位にね」 「お肉に、塩、コショウして」 「オリーブオイルを引いて、厚めにね」 「鍋を充分に熱くしてから、牛肉を炒めるの、オイルが飛ぶから注意して」 「焼き色が附いてきたらお野菜を入れて」
母の指示どうり、娘はわりと器用に調理を進める。 「彼に美味しいもの食べてもらわないと、あんな素敵な彼氏と結婚するんだから」 「男性に、尽くす女、古くさい感じね!」娘は言い返すが、母は笑い返すだけ。
「赤ワインを加えて、かなり沢山、もっと入れて。 で、良く煮込むんでワインのアルコールは飛ばしちゃうの」
こうしていると本物の親子みたいだ。 入れ替わりを忘れる。 気分的には、母親みたいに感じる。 「その髪長すぎて少し邪魔ね、あたしが纏めてあげる」 大事そうに私の髪をさすり、纏めてくれる。 「お式が済んだら、少し短くするのね」
母のスカートと自分のスカートが触れ合う時間を過ごしていると、何か幸福感の様なものを感じてしまう。 「もう、戻れなくても良いか?」一駿頭の中で電撃の様に走るが、慌てて強く否定する。
さらに、何品か母に料理を仕込まれる。
7時過ぎに父が帰宅して、パーティーの様な夕食になる。 ワインとビールが並べられ、三人ともわりと良く飲む。 父は、私が作った料理を本当に嬉しそうに、食べる。
二人とも、酔っているので、話がいいかげんで、気持ちは楽だ。 父は母との結婚の話をふざけた調子で色々披露する。 母が、私を身ごもった時の事。 二人は、私の結婚が本当に嬉しいらしく、幸せそう。
この夜は本当にこの家の娘になったような気持ちで、キャミソールを着て、静かに寝るのだった。
夢の中で、女子高生の俺は、シャープペンシルを握り、授業を受けていた。 教師は板書している。 振り向くと、教師は美憂だった。
子供達は帰宅し、非常勤講師の若者達は、塾長に報告書を提出し、仕事を終えて帰っていった。 最後の生徒が出て、三十分が経過すると、自らも帰宅した。
リビングに妻が、ビンビールとグラスを持って入ってくる。 私と自分のグラスに注ぐと、「今日、スーパーで偶然、篠原さんにお会いしたの。 披露宴に出席すると言っちゃたけど、それで良いかしら?」美憂は驚き慌てるが、冷静に、「良いよ、それで、君が出たいならそうしよう」と答える。
「あの方、塾、辞めるのよね」 「そうだよ、残念だけど、若いけれど、力のある講師だったからね」 「少し安心したわ、あんなに若くてきれいな人がいつもあなたの傍にいるのは、ほんのチョットだけ心配だった。 まあ、あなたが相手にされるとは思えないけれど、安心したと言えば、安心したのよ」美憂は驚くが、落ち着いて、「あれは生徒だったんだよ、可愛い可愛い小学生で、そんな事あり得ない」「だから、怪しいのよ」妻はやや色っぽい調子で、微笑む。
センセイの妻は美憂の肩に顔を乗せ、「あなた、しましょうよ」と囁く。 美憂は激しく動揺し、心臓は早鐘の様に鼓動し、言葉に詰まる。 「チョット疲れていてね、今度にしようよ」とやっとの事で答える。 「どうしたの? 風邪でも引いた?」「ア、そうだカゼだろう。 君に移るといけないから、またにしよう」 「じゃあ、今日はなしね」とつまらなそうな顔をする。 もう用はないと言う雰囲気で寝室に入る。
美憂は本来は自分にはない筈の器官が膨張している事に驚嘆した。 彼女は知識が豊富で、ある程度のインテリジェンスを有する人間である、男性器の勃起についても基礎的な知識は所有している。 「センセイと奥さんは恋愛結婚された。 今も、愛し合う関係にある。 同然、性的関係にあるでしょう。 奥さんは性行為を望まれている、センセイの代役を務めている私としては、その代役も努めなければならないのだろうか? 私は本来女性だ、でも今は完全に男性の肉体を持っている、恐らく、女性と性関係を持つ事は出来るだろう。 今、男性器は勃起し性交は可能と思われる。 心理的違和感には強烈なものがあるが、ある種の快感の様なものすら覚える。 この生殖器は明らかに性交をのぞんでいるようだ。 私は女性として、性関係を持った経験はない、だのに男性として性交してしまう! 緊急に、センセイと相談しなければ。 ああ、大変だ! あたし、どうしよう」




