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秘密  作者: 藤崎麗奈
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学習塾講師

僕は17歳の男子である。  都内の進学校に通う。高二である。 勉強は大変だ。 宿題は出ない、しかし授業で叩き込まれた内容を自宅で復習しないと、ついていけないだろう。  勉強は別に嫌いではないので、苦にはしていない。

    中学受験の時から、そんな感じだ。 時々、怒りを覚えたりもするが、まあ頑張るしかないだろう。 一応、医学部進学を目指している。 特に医者に成りたい分けではない。 父親とか、祖父とか、叔父とか、身近に医者がむやみといるので、何となくそうなっただけである。  でも、負けるのは嫌なので、頑張るつもりだ。 同級生達は、勉強ばかりなので、基本的にはフラストレーションが溜まっているようだ。 授業が終わると、サッカーやら、バスケやら、野球やらで暴れて解消するみたいだ。 どのクラブもレベルは低いみたいだが、先生達も勉強に集中させるには運動で気分転換させた方が良いと考えるのか、クラブ活動は自由に楽しく遣らせている様だ。

    僕は、運動にはあまり興味はないので、吹奏楽部に入っている。 今年でもう五年目だ。 ホルンを吹いている。 ホルンは凄く難しい楽器だが、だんだん巧く吹ける様になるのが楽しい。 音楽は好きだ。

    オーケストラのチケットが二枚手に入った。 俺のいる吹奏楽部は、近くのS女子学院と言う中学高校の吹奏楽と合同で活動する事が多い。 合同練習の日、俺は中学時代からの馴染みで、同年の子に声をかける。 彼女とは、何回か二人で演奏会に行った事がある。 とは言っても、恋人とか言うのではなく、お互いの学校が厳しくてそういう付き合いは出来ない、要するに友達である。 「チケット手に入った、一緒に行こう」と彼女に見せる。 「いいわね、行こう。 アー! 駄目だ、この日お父さんが帰るんだ、三か月ぶり、あたし家にいないと」彼女は残念そうだ。

     彼女は子分みたいな中一の子を連れてきて、「この子とどう? フルート下手だけど、一生懸命練習しているよ。 とっても、いい子だよ」  その子にチケットを見せ、「美憂、モーツアルトのフルートとハープの為の協奏曲があるよ。 この先輩と行ったら。 先輩、真面目だから、大丈夫だよ」 「嬉しい、行きたいです。 でも両親に相談しないと、一応」 「そうね、そうしないと」

     俺は「こんなチビと行くのか」と思ったが、改めて見ると髪の長いチビは物凄く可愛い、まるでゲームの中の美少女だ。 大きい方の彼女もなかなか可愛い。 俺は、将来二人のうちのどちらかと結婚したいとか、考えてしまった。

     土曜日の午後五時、大井町線の小さな駅で、俺はチビと待ち合わせる。 チビの家の最寄りの駅だ。 電車を三回も乗り継いで、墨田トリフォ二ーホールに向かう。

     新日本フィルハーモ二ー交響楽団、指揮、バイエルン放送交響楽団首席客演指揮者のカール、アウエルバッハ。

     曲目、モーツアルト・フィガロの結婚序曲、同じくモーツアルトのフルートとハープの為の協奏曲、独奏者はそれぞれオーケストラの首席奏者。  後半は、ムソルグスキー作曲、ラベル編曲、組曲「展覧会の絵」

      新日本フィルハーモ二ー交響楽団、第273回名曲コンサート。

      LBの6番、7番の席に着く。 「美憂」チビと呼ぶ分けにもいかないので、部活で上級生から美憂と呼ばれているので、俺もそう呼ぶことにする。 「曲は聞いたことある?」  「モーツアルトは聞いたことあります。 後半の曲は知りません。 フルートとハープの為の協奏曲は大好きです。 物凄く、キレイで大大大好きです」 「僕は展覧会の絵の方が好きだな、終曲のキエフの大門が凄いよ、物凄い盛り上がりで、フィナーレになるんだ、金管が大活躍だ」「そう、早く聞きたい」

     俺はこのチビにして可憐な美少女が好きになるような予感がした。

     

     やがて、各パートの団員が、ステージ上に現れ、コンサートマスターが出てくると、軽く拍手が起こる。 チューニングの不協和音が響き、それが止むと、指揮者が舞台上に姿を現し、大きな拍手が巻き起こる。 指揮台に飛び乗ると、観客に一礼し、さっとオーケストラに向くとただちにフィガロの結婚序曲が響き渡る。 テンポの速いこの曲としても、特に早く、軽快にコーダにつき進む様な演奏であった。

    拍手が止むと「まるで100メートル走だね」と美憂に囁くと「え? どういうこと?」「とにかくテンポが速いんだ。 素晴らしい演奏だけど」 「そうですね」と美憂は微笑む。 何だか可愛い。

    コンサートが終わると、美憂の家まで送り、玄関で両親に挨拶する。 「参考書でも買って下さい」と言われて、図書券二千円分を頂く。 嬉しかった。

     

    それからも、三人でコンサートに行ったり、美憂と二人で行ったりすることが時々あった。 高三になると、俺は必死に勉強に取り組み始めた、俺は国立大の医学部を目指している、大変な難関だ、吹奏楽はあまり出来なくなった。美憂にも、その姉貴分にも会う機会は少なくなった。 彼女も受験だ、彼女は慶応大学を目指しているらしい。


    「美憂、電話、男の人、あの吹奏楽部の高校生」


    「ミユ、俺、受かったよ、今年はとても無理だと思っていたのに」 「センパイ・・・センパイ、凄い、私嬉しい、とても嬉しい」 「ごめんね、今発表見たところだ、何だか君にこの事どうしても、言いたくて」 「センパイ・・・」



    美憂は中学受験の為に三年間通った塾に、たまに顔を出すことがあった。 勉強の質問をしたり、何やら相談する為であった。 この塾の経営者に彼女は尊敬と愛着の気持ちを抱いていたのである。 また、年下の子供たちがかつての自分と同じように、学習するのを見るのも楽しみであった。


    美憂は高校三年に進級した。 容姿の美しさで色々言われることがあったが、本人は殆ど無頓着であった。 メイクや服装に拘る事は、少なかった。 彼女の関心は、音楽、フルート演奏、そして勉学にあった。

     

    翌年の春、彼女は見事に、都内の有名私立大学に合格した。


     大学生に成った彼女が希望したのは、かつて自分が好きだった進学塾で、かつての自分の様な小学生に教える事であった。  彼女の尊敬する責任者のセンセイに、自分を講師としての採用を頼むが、「塾の仕事なんて、ストレス産業と言うか、そんなに楽しいもんじゃないよ、君もそんなに若くて、もっと楽しめる事をした方が良いんじゃないの」とあまり良い顔をしない。  それでも彼女が熱心に頼むと、「それじゃ、君も大学生で受験資格はある分けだから、講師採用試験を受けてもらおうか。 まず、履歴書の提出。 まあ、いいか、君の事は昔から良く知っているから、省略しよう。  次に、難易度の高い私立中学の入試問題を、指定の時間内で解いてもらう、四教科全部だ」  彼は立ち上がり、机の引き出しを探し、コピー機をしばらく操作している。  「これは本年度のS女子学院中学校の入試問題だ。 つまり、君が先々週卒業した学校だ、その一番教室でやろうか」 美憂は少し奇妙な気分だが、懸命に後輩たちが解いた問題に取り組む。

     「では、結果を発表します。 受験者、篠原美憂。国語、92点。 算数、90点。 理科、92点。

社会、100点。 全教科、合格点です。 もし受験していれば最高点での合格になるでしょう」なんか少しふざけた感じがするけれど、昔からこうね、と美憂は思う。 


      「次に模擬授業をやってもらいます。 授業の題材を与えますから、10分程、教材研究をしてから、模擬授業をやってもらいます。 教科は一教科だけになります、これは学力を見る目的ではありません、授業を行う素質を判断します。  教科は算数、テーマは和差算の導入部分にします」


      美憂はかつて授業を受けた教室で、習った教師の前で模擬の授業を行う。


      「美憂、合格だ、採用できる。 でも本当にやるの?」「ええ、是非やりたいです、センセイ」  「分った、採用しよう、でもご両親と一応相談したほうが良いね、夜も遅くなるし。 でも君の家はわりと近いな。 担当する教科とか、時間は君の都合も聞いて、決めることにしよう。 時給は最初2500円から始まります。 美憂、じゃなかった、篠原先生、これで良いかな?」 


     医学部に進学した彼とは相変わらず、コンサートに行ったり、お互いの家を訪ねたり、コンサートの前に上野公園やら、代々木公園等を散歩したり、日帰りで山歩きに行ったり、美憂が20歳になってからは、ビールを飲みに行ったり、付き合いは継続していた。 ただ、医学部は非常に忙しく、彼の大学は都内ではなく、それほど頻繁に会うことは出来なかった。


      

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