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秘密  作者: 藤崎麗奈
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笛を吹く娘

時は12年間遡る遡る(さかのぼる)


   二月一日の早朝、都心近くの地下鉄の出入り口。 コートとマフラーで防寒した三十代中ばに見えるの女性と、髪をポニーテールに纏めた身長150センチ位の少女。 二人は親子であろうか。  空は紺碧に晴れ上がり、凍てつくような寒さであるが風はなく、太陽の光は弱いながらも明るく輝いていた。 肩にバックを下げた娘は、少し興奮した様子で、吐く息は白かった。

  「美憂、落ち着いて取り組むのよ、頑張ってね、しっかりね、お願い」 「ママ、大丈夫よ、あたし絶体受かるから。 12月の四谷大塚の合不合摸試も、1月の摸試も合格確実の判定だったでしょう」 「自身あるのね、でも油断しちゃだめよ」 「うん、頑張るから。 ママが六年間通った、S女学院に私も絶体行くんだから」

    娘は色白で細い体形、見るからに繊細で、ともするとひ弱そうにも見えた。  だが、入試に関しては自信があるようである。  が、昨年末に彼女は初潮を迎え、昨日二度目のそれが来てしまったので、体調的にはやや不安があった。  母にはそれは話していない。


    道には同じような母娘の受験生が、緊張した面持ちで歩いて行く姿が見られた。


    やがてS女学院中学、高校の正門が見えてきた。   生徒を激励しようというのか、進学塾の職員達が人だかりを作り、自塾の生徒が来ると大声で激励していた。  分けを知らない人が見れば、真冬の早朝、やや異様な光景かもしれない。 二月一日の恒例の行事のようなものであろうか。


  

    母親と美憂はやや緊張した面持ちで正門に近ずくと、見知った顔に気が付いた。美憂は急に笑顔を浮べ、「センセイ来てくれたんだ、私、頑張るよ」と呟いた。

彼女の通う、小さな進学塾の教師であろうか。  母親と同年代の男はマスクを外し、母親と丁寧に挨拶を交わし、美憂には特に何も言わず、彼女の背を軽く押すようにして、校内に向かわせる。 美憂は受験に備え、小学四年の時から、近所の進学塾に通っていた。 算数の教師に良く懐いていた。  授業の始まる少し前に塾に行き、彼の冗談を聞き、笑い、からかわれるのを日課としていた。


    翌日、母娘は二校目の受験を終え、夕方帰宅した。


   「美憂自分で見てみなさい」 12歳の娘はダッフルコートを脱ぐこともせず、パソコンを起動する。 真剣極まりない表情を浮べ、S女学院のホームページを開き、リンクされている合格発表サイトに飛び、母親に渡された、受験番号とパスワードを入力した。

   番号を確認すると「キャーーー、あった! あった! ママ、あったよー!」年齢のわりには物静かな、この娘にしては異例な騒ぎぶりである。 「ママー、ママー、受かったよ!」飛び上がったかと思うと、母親の胸に飛び込み、頬を涙で濡らしている。 母は久ぶりで、娘を抱きしめ、感極まり、額に接吻した」 「センセイのおかげだよー。 センセイ、大好き!」 「先生って、あの算数の? 塾長さん?」 「そう」  「良い先生に出会えて、本当に良かったわね」


    S女学院は、卒業生の約半数が、早慶上智に現役合格するかなりのレベルの進学校である。 またミッションスクールとして、かなり厳しい規律を求められるのも特徴であろうか。  要するに、しっかり勉強する、真面目な女の子の学校という校風であろう。




    合格発表から、一週間。 渋谷のヤマハ楽器店の中にある接客用の小部屋。  テーブルには銀色にキラキラ輝くフルートが、4-5本並んでいる。 小学6年くらいの少女が楽しそうに、組み立てられたフルートを持ち、やっとの感じで音を出したり、キィーを適当に抑えたりしていた。 「これが欲しいな。  でも総銀製で80万円もするんだって。 チョット高いかな? お金、大丈夫かな」 「大丈夫だ、心配ない、爺ちゃんこれで結構金持ちなんだぞ」 「じゃあ、これが良いな、このフルート吹けるようになりたい」 「好きな楽器にしなさい、お前の為ならお安いもんだ」  「お爺ちゃん、お祖母ちゃん、ありがとう、嬉しい、本当に嬉しい、ありがとう」 美憂の澄みきった目は幸せそうに輝いていた。

    品位を感じさせる初老の夫婦の孫娘を見る目は、唯々優しさと、慈愛に満ち溢れていた。

    美憂は小さいころからピアノを習っていたが、それほど興味はなく、五年生で受験を理由に止めていた。 彼女は、たまたま触れる機会があった木菅楽器に惹かれ、「オーボエとかクラリネットとかスゴーク難しいって聞くから、あたしフルートを練習して巧く吹ける様になりたい」と願う様になっていた。

    それを知っていた祖父母が合格祝いに買い与える事になった次第である。

    その日から、毎日3ー4時間はフルートの練習に明け暮れるようになっていた。  そのひたむきな姿勢から「うちの笛吹娘」とか愛称がついてしまった。 彼女の笛の音には誰も感心しなかったが、その長い髪を揺らして懸命に吹くその幼さから抜け出そうするその姿は、なかなかの人気であった。 清らかで見る者を引き付け、大人たちに安らぎを与えた。 演奏ではなく、その姿が美的なのである。

    終った後の、彼女の恥ずかしそうな笑顔も、安らぎをあたえてくれた。  「サントリーホールでモーツアルトのフルート協奏曲二番を吹く」のが夢だそうだが、それはプロの演奏家に成らなければ実現されない事で、大変困難であろう。



    四月の初め、美憂はセイラー服で身を包み、ローファーに足を入れる。 「美憂、中学生になったんだね」父親は感慨がこもる笑みを浮べ、娘を見つめる。 今日はS女学院の入学式である。 両親共の出席の予定であったが仕事の都合で、父親は地下鉄の駅までの見送りになった。 「美憂、楽しい中高時代になると良いね。 大事に過ごすんだよ。 それと、勉強もしっかりやるんだね」と言って父は改札口に入って行った。


     校内に入ると、母親は数回教員に挨拶をした。 どの教員も謹厳な表情でいたのに、昔生徒であり、今母親になっている元生徒に話しかけられると、途端に破願して饒舌になり、実に嬉しそうである。 昔の生徒が成長して子を産み、母親になり、その子を母校に入学させるのは教師冥利に尽きると言えるのであろうか。


     美憂は以前から熱望していた、吹奏楽部に入部した。 フルートが希望なので、高校二年生のフルートをずっと吹いてきた子が指導役についてくれた。 「殆ど吹けないのに、良い楽器もってるのね。 私のよりずっと上等ね、でも良い楽器の方が上達が早いというわ。 入試が終わってから、大分練習したっていうけど、全然だめね、殆ど滅茶苦茶。 やっぱり自己流じゃだめね。 でも、いっしょに楽しく練習していこうね」

     見た目も雰囲気も何となく似かよった二人は、直ぐに打ち解けた、妹でも出来た気分なのだろう。 兄弟のいない美憂も姉のように慕い、頼りにする様になった。


     地下鉄で二駅離れた場所に、東大や国立大学医学部にかなりの合格者を出す、男子、中高六年制の進学校があった。  S女学女学院とは、特に関係はないのだが、クラブ活動なので、協力する事があった。 吹奏楽部でも、合同で演奏会を開いたり、合同で練習したりする事が多かった。

女子は木管楽器を希望する事が多く、特にトロンボーンやホルンを吹く子は少なかった。 反対に、男子は金管楽器の希望が多く、中には大変大きなチューバを吹くような生徒もいた。  お互いに補完する様な関係であった。 人数的にも合わせると、コンサートお開く、適切な人数になった。 




   

    

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