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秘密  作者: 藤崎麗奈
2/11

初夜

   文金高島田も、今着ている絢爛豪華な唐織の打掛も四か月前に自分で選び、隣にいる彼と相談して決めたものである事は分かっている。  しかし、今の彼女には現実感は乏しく、あくまで知識に過ぎない様な奇妙な感じが付きまとう。 60名程の披露宴出席者に対し、花嫁、新婦として、失礼にはならない程度の笑顔を振りまき、そつがない返答をしつつ、冷淡ともいえる様な態度を示す時もあったが、自分の立場を逸脱するような事はなかった。 美憂ははしゃいだり、自分の感情を表に出すことは少ない娘であった。披露宴での振る舞いは、出席者に特別奇異な印象を与えるものではなかった。 

    一度退席し、赤地の打掛を脱がされ、高島田の簪を変え、メイクをなおされ、佐賀錦の打掛を着付けられる。  お色直しである。 絢爛豪華な衣装を着付けられながら、彼女の関心はまったく別の所にあった。  

    直ぐそばにある、自分のバックに視線が向かう。 が、やりたい行動が出来ないのは、自分でもわかっていた。             打掛姿の美憂は、着付けの女性に着物を直され、裾をひきながらながら、披露宴の会場に戻る。幸せな花嫁らしい笑顔を振りまき、美しく華やかな装いで出席者を喜ばせ、パーティーのヒロイン役を無事に務めあげるのであった。





   成田のホテル、キャリーバッグを引いた若いカップルがチェックインする。

  

「バス、君が先に使ってよ、連絡しておきたい所が何件かあるんだ」彼は直ぐに通話を始めた。  美憂はバスルームに入ると、大きな姿見の前で、髪を解き、スカートを下し、和装用ブラとショーツを外す。  大きなバスタブのライトブルーの豊富な湯に浸かり、数分間気持ちよさそうに、目を閉じていた。  自分の肌に触れ、「キレイな、肌」と呟き、「彼がここに浸かる時・・・・して、なんとかなるのかな?」と呟く。  長すぎる髪を時間をかけて、丁寧にシャンプーする。 「約束だね・・・大切に扱う事」と囁いたり。 鏡をみて「みゆちゃんきれいだね」とか微笑んだりしていた。

 

   彼がバスルームに入ると、若くきれいな新妻は、自分のバックからスマホを取り出し、実に真剣極まりない表情でコールする。  瞬時に相手は応答した。 小声で、今日の様々な出来事、相手の今の状況、真剣かつ夢中に、思いつめた調子で話し始めた。 バスルームの彼を注意しながらの、饒舌な秘密の通話は、10分程続いた。 美憂は長い髪を握りしめ、「それじゃあしょうがない、どうしようもない、そうするしかない、覚悟するしかない」という深いため息と共に通話は終了した。 

    素早くスマホをしまい込み、唇をかみしめ深刻な表情を浮かべたが、次の瞬間、左手の薬指に嵌めたリングを見つめ、何故か穏やかな表情にもどる。 

    両手で自分の胸の柔らかな膨らみに触れ、太腿をさすり、改めて覚悟を決めた様子がうかがわれた。 「避妊?避妊具?」急にそんな言葉が、頭の中に浮かんだ。  避妊具は用意していなかった、そんなことは全然考えていなかったのだ。 「彼は用意しているかな? もっていないだろうな。 二人とも子供は好きで、子供を作る前提で、婚約した分けだし。 外に出て買いにいこうか?」と考えたが、バカバカしくなって止めた。 何か理由をつけて、避妊するとか言いだせば、彼を傷つけることになりかねないので、嫌だった。  正確な知識はないけれど、生理日から考えれば、妊娠の可能性はありそうだ。  生理は先週だった、僅かな生理痛が記憶にある。 「妊娠? 嫌だ。 いくらなんでも無理だ、ひど過ぎる。 でも義務なのかも?」何とか自分を納得させようと試みる。


     美憂が中学生で彼が高校生、美憂が高校生で彼が大学生、美憂も大学生で彼も大学生、美憂は大学生で彼は医学部を卒業して研修医。 美憂は予備校や塾で教えるようになって、彼は研修医、この時期に彼のプロポーズを受けて、長い友達関係から、婚約者、恋人の関係になった。  真面目で潔癖な彼女と同じく真面目で秀才の彼との間では、手を握ったり、ふざけて体に触れるくらいがせいぜいで、性関係はなかった。

    房総台地の田園地帯が広く見渡せる、ソファーに若い二人は腰掛けていた。  小さなシャンパンのボトルを開け、二つのシャンパングラスに注ぎ、二人はグラスを手に、暫しお互いに見つめ合っていた。  「美憂、俺はお前が好きだ、結婚してくれて、本当にありがとう!」 「あたしも・・・・好きよ」と彼女は小さな小さな声で囁く様に答える。 妻の手をとり暫くの間、唯握っていたのだが、やがて彼女の細い体を抱き寄せ、抱きしめ、しばしそのままでいる。 やがて、妻の唇に自分の唇を合わせる。 反射的に抗いそうであったが、それはなく、接吻は数分間続き、次第に夢中に抱き合う状態になっていく。 

     彼が唇を離すと、妻は夫の唇を求め、二人は初めて愛人関係に至ったのであった。 両腕に彼女を抱き、「やっぱり、重いな」と呟きながら、隣室の寝台まで7歩程歩くと、静かに大事そうに寝台の上に愛妻を下した。


      部屋は明るくなっていた。 何時間か、微睡(まどろむ)んだのだろうか。 隣には、白い健康な若者の背があり、静かな寝息をたて、熟睡しているように見えた。 美憂は自分の顔や胸に触れ、長すぎる髪を指で揃え、「少し切ろうかな」とか考えながら、昨日の事を思い起こす。 神社での式の事、披露宴の事、白無垢と綿帽子の事、性体験の事。 「全部やってしまった。 自分が・・・。 これからどうなるのだろう?」


    彼が目を覚ましたら、また求めてくるのかな?若いから、と頭に過る。  彼は私と関係を結んで、とことんに嬉しそうだった、と言うより、まったく無我夢中の状態で自分を求めて来るのだ。 最初は少し怖かったが、その感情は直ぐに消えた。  自分を夢中で求めて来る彼が少しだけ愛おしく、感じられた。      


    妊娠しないかな?  このまま避妊しないで行為を続ければ、すぐ妊娠してしまいそうな気がする。

    性行為自体は楽しかったとまでは言えないが、彼に抱かれていれば直に喜びを感じるようになってしまうのかもしれない。  もう処女ではないのだ、今、自分の体内では彼の精子が卵子に向かって、必死に活動しているのだ、などと考えていると、可笑しくなって、彼女は再び穏やかな眠りにつくことが出来た。

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