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秘密  作者: 藤崎麗奈
11/14

幸福な娘

    数日前から体調の変化を感じている。 軽い頭痛がして、なにかイライラ、もやもやした感じがする。 あの事件から三週間が過ぎた。 もしかしてあれが来る? 体験するのか?  引き出しにナプキンはある。 彼女にに聞いてみよう、どんなものなのか?

    「ネー、あれから三週でしょう、そろそろ、あれがあるんじゃない?」 「ん? 何のことだい?」「女性のあれよ」 「なんで俺にそんな事聞くんだい、困るよ、恥ずかしいじゃないか」と笑い、自分には関係ないという素気ない態度を示す。

    「そんな事、言ったって、誰に聞けば良いの?」「分かった。分かったよ。 あれはそろそろ来る思う。 3ー4日で収まるだろう、少し腹痛と頭痛がするけどね、それほど生理痛は強くないから、大丈夫だよ、安心しろ。 ナプキンはあるよね? タンポンは使った事はない、量はそんなに多くは無いよ。 早く、慣れる事だ、ずっと続くわけだから。 初潮は六年生の時だ、受験の少し前だったかな?」

    昔、美憂の体調の事で、母親がそれとなくその件を話していた微かな記憶がある。

    「女って面倒ね」 「君の生理はとても順調で、問題はない、妊娠は大丈夫、出来るんじゃないの? 彼は凄く子供を欲しいみたいだし、産んであげなよ」 俺は少々不愉快になって来た。 自分を何様だと思っているのだろう?

     美憂は最近、自分が美憂だとは殆ど認めず、完全に男性として喋ってくる。  それに対して会話するには、こちらは美憂としての立場で、話さざるおえなくなる。 見た目に関してはそれが、自然なのだが。 美憂はもう元には戻らなくて構わないのか? このままで構わないと思っているのか? どうなのだろう?

    「それから、君の彼氏から連絡があって。 披露宴でのスピーチを頼まれた」 「エ! それで、オーケーしたの?」「勿論だよ、君との長い人間関係だからね、小学生の時からだ、当然だろう。 彼と君との馴れ初めから、彼との付き合いの事を話して欲しいらしい」俺は憮然となるが、今の立場ではどうしようもない。 逆らう、すべは持たない。

     

     生理が終了し、挙式の日まで、残り一月にになってしまった。 俺は次第に追い込まれていく。 このまま美憂が決めた結婚を俺がするのか? 人に押し付けるのか?

     こんな事を人に押し付けるのは、道理が立たない。 無責任極まる。

     

     新居の準備、挙式、披露宴の準備、婚姻届けの事、やることは色々ある、それらは全て婚姻に繋がる事だ。自分が恐れる事をやらなければならないのだ。 美憂の立場を代行する、俺にはそれを行う義務があると思う。 だが、元に戻れなければそれらは、俺自身の婚姻に繋がってしまう。  少しやけになって、準備をどんどん進めるてしまう。 誰の為か? 美憂の為か?  俺の為か?  自暴自棄になっては、いけない、自分を守らなければ。  でも、美憂の体が、彼女の衣服が、彼女の社会的立場が、俺を困らせている。 誠実に対応すれば、するほど、美憂の存在に取り込まれてしまう。 俺は消え去り、篠原美憂と言う女性として、行動も意識もその中に取り込まれていくみたいだ。 篠原美憂がどんなに美人でも、どんなに素晴らしい女性でも、彼女に成りたい分けではない。

     俺は母親から調理と家事を仕込まれている。 要するに花嫁修行だ。 美憂は結婚後、取りあえず専業主婦になる予定だ。 フィアンセは直ぐに妊娠して貰い、子供を産んで欲しいらしい、彼の両親もこちらの両親も同じ希望であるらしい。 もしこのまま元に戻れずに婚姻の日を迎えてしまえば、大変な事になる。 婚姻→医師の妻→妊娠→出産→母親   この流れを想像すると、頭がくらくらして来る。


     それともう一つ困惑するのが美憂の態度だ。 彼女は今の暮らしに非常に満足しているらしい、塾の運営に全力で取り組み、息子を可愛がり、妻とも非常に良い関係にあるらしい。 それは俺としても大変喜ばしい事である。 しかしそれだと、俺本来の立場はどうなってしまうのだろう?俺には、もう戻る処はないのか? 俺はもういらないのか?

     本来、若く非常に美しい女性と、しがない自営業者の40過ぎのさえない男との入れ替わり。 若い女性に成った方が遥かに恵まれていると感じるのが普通であろうか。 しかし現実には、あちらは現在の暮らしに満足していて、充実した生活の様に見える。 反面こちらは、一月後に迫る婚姻に困惑し、当惑し、困り果てた状態にある。 しかも、その準備を喜々とした表情で自分で進めなければならないのだ。 基本的立場は、素晴らしい結婚を前にした幸せな娘と言うことなのだから。 元に戻れれば、すべて良しなのだが、あちらの美憂である事を認めない美憂は、「もう、そういう事は起きないであろう」と言う意見を表明しているのである。 非常に自信ありげに、「非現実的な事を期待して、すがりついても無駄だよ、こうなった以上、それぞれ与えられた人生を大事に生きるしかないんじゃないか? 後ろを振り向いてもしょうがないだろう、前を見て生きるんだよ、美憂!」とか俺は言われてしまった。 センセイの言葉には中々説得力があって反論できない。「あの入れ替わり自体、俺たち以外には理解不能で、誰に表明することすら出来ないではないか。 今ある状態こそが現実ではないか。 君は最初から篠原美憂なんだよ」 

     反論は出来ない、されど結婚の後に続く事柄を、受け入れるのは俺には無理である。 適応力の問題? 若い美憂はわりとすんなりと、俺であることに適応したように見える。 反対に、俺は、若い娘としての振る舞いには適応したが、完全に彼女に成る事には、激しく、激烈な違和感を覚える。 中年期にあった俺には、この極端な適応はやはり困難なのか?



     木々に溢れ、緑豊かな神社に40代前半の母親と二十歳位の娘と思われる、二人ずれが、神社の社務所に向かって歩いて行く。 「あなた、あんなに和装の花嫁衣裳に拘ってるのだから、私も合わせて和服が良いのかしら? こんな立派な神社でお式挙げるのだし」「そうね、母親だからね」「でも、和服とかあんまり着た事ないから」 「ママ、留袖良く似合うと思うよ」

 

     巫女姿の若く可愛らしい女性が、神前式当日の儀式の流れを説明していく。 若い巫女は慣れた口調で、流暢に説明していく。 「まず、参進の儀でございます。 ここで車を降りられ、神職が先導し私共巫女が差す朱傘の下を新郎新婦様が、本殿に向け厳かに歩まれます。 御親族様は後に続かれます。 本殿に近ずくと、雅楽の幽玄な響きが聞えてまいります。 これが参進の儀でございます。 現代風に言えば入場行進でございます」巫女は若くてはつらつとしていて、とても可愛らしい。

    「来月には花嫁姿で、彼とここをゆっくリと歩むののね、美憂ちゃん、幸せね、待ちどうしいでしょう?」「うん、でも、ちょっと照れくさい気分かしら」  

    

    「御新婦様は、白無垢打掛を御召しで、綿帽子をされるので、女性職員がお傍に控え、お着物をお直しする等の、お世話をさせて頂きます」

     

     巫女に導かれて本殿に入ると、「ここが本殿で御座います。 真に神聖なる場所でございます。 儀式は全てここにて執り行われます」

     新郎新婦の席、左側の花嫁の席に俺は掛けさせられる、右側に母親が掛けるが、照れくさくなったのか、後方の親族の席に移る。


     修祓の儀、巫女の舞、祝詞奏上、三々九度の盃、指輪の交換、誓詞奏上、玉串拝礼、親族盃の儀、斎主挨拶、退場。  巫女は1つ1つ丁寧に、時折ユーモアを交えて説明していく。  



     神社の厳粛な場で婚礼の儀は執り行われる。 あと二週間しかないのだから、もう覚悟すべきかもしれない、されど覚悟は出来ていない。 もし、俺が「結婚は出来ないとか」「延期したい」とか言い出したり、逃亡したりすれば、彼や美憂の両親、色んな人々に大変な迷惑をかけ、驚かせ、苦しめることになってしまうだろう。 俺として生活し、きちんと役割を果たしている美憂にも、迷惑になるだろう。 俺には受け入れるしか、道は残されていないのかもしれない? 俺が耐え、美憂に成り切れば、それが一番良い解決策なのかもしれない?  だが、心理的には、気持ちとしてはどうしても受け入れることが出来ないでいる。 今だって、花柄のワンピースを着て、長い髪をハーフアップに纏めた、婚姻まじかの幸せな女性として、この神社にいるわけだ。 すでに女性として暮らしているのだ、男性と婚姻したって、同じようなものだと思われるかもしれない?  女性になったのは、別に自分の意志ではない、突然親しく大切に思っている女性と、入れ替わってしまったのだ。 自分の意志ではない。 でも結婚となると話は別である、拒否しない以上、自分の意志で結婚するとも言えるのだ。

    二週後、白無垢、綿帽子の俺は、彼とここで婚姻するのであろうか?




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