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をぐらのさうし 巻之弐十伍  作者: 小椋夏己
2025年  1月
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したった

 昨日の朝、買い物に行くのに車を走らせていたら、ふと、何の脈絡もなくこんなことを思い出しました。


「そういやうちの親って人に対して『したった』って言う人たちではなかったな」


 この「したった」は関西弁ですが、標準語で言うと「してやった」という意味でいいと思います。いますよね、何かあったら「あれは自分がしてやったんだ」とかって自分がやったことを吹聴する人。そしてそういう人ほど人にやってもらったことを忘れがちな気がします。


 思えばうちの父親はかなり優しい人でした。思春期には嫌いになった時期もあったりしましたが、今でも父が他の人に色々してあげてたこととかを思い出すと、あれだけのことができる人は少ないのではないかと思ったりもします。すごく自然に人のことを助けて、そのことを自慢したり「したった」と言うことはなかったですから。それは母も一緒で、私や妹にもそういうことを言うことはほぼなかったと思います。


 そうしたらどうしてか、たまたま妹も昨日、そういうことを言い出したのでびっくりしました。そして私が今朝そういうことを思い出したと言ったら、そういえばそういうこと言わない人たちだったと納得していました。


 うちの両親もそれは嫌なところも腹が立つところもありましたが、それでも何かの時に他の人を見て、


「え、うちのパパはそんなことしたことも言うたこともない」


 とか、


「ママはこういう風にしてあげてたな」


 とかを思い出すんです。


 妹と、自分たちもそういうこと気がつけば言わんよねという話になりました。決して自分たちで自分たちを上げてるわけではないですが、妹も誰かに対して「あれだけしたったのに」なんてこと言ったのは聞いたことがない気がします。多分私もほとんどそういうこと言ってないんじゃないかなあ。


 これってやっぱり親を見てるからなんですよね。そして妹がこう言ったことにも納得しました。


「両親だけじゃなく親戚にもそういう人がいなかった。みんなお互いに人にしてもらったらして返して、それが普通やった」

 

 確かにそうだったんですよ。うちの両親だけじゃなく、おじさんやおばさん、いとこたちもほとんどそういうことがなかったと思います。

 

 ただ決して悪口ではないんですが、母の一番上のおばさんだけは、故あって、まあちょっとわがままというか、さびしがりやでぐずぐず言って周囲の人とぶつかったりがあったようなんですが、そのおばさんですら、うちの父親のことだけは


「絶対に悪口を言わなかった」


 と、ご近所の人が言ってたらしいです。


 そのせいか、私が物心つく頃にはもう争いの目のようなことはなく、祖父母のいない私や妹にとって、おばあちゃんみたいな存在でしたね。


 どうしてそんなことを思い出したのかなあ、私も妹も。全く別ルートでそんなことを思い出して、「そういや」と自然にそんな話になりました。


 決して聖人でもなんでもないです、うちの両親。だけど、やっぱり思えば優しかったよなあと思います。結構ぶつかってけんかとかもしましたし、腹が立つことも多かったですけどね。

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