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をぐらのさうし 巻之弐十伍  作者: 小椋夏己
2025年  1月
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神戸アーカイブ写真館

 今日であの大震災から三十年です。


 早いなあ。当時まだ生まれてなかった人がすでに親になるほどの年月経ってるとは、普段の生活では忘れがちですが、それだけの時間が過ぎているんですよね。その間、自分が何をやってきたかなと振り返ると、うん、なんか、情けないことに「これ」ということをやってきた記憶がありません。

 もちろん個人的には色々なことがありましたが、それでも「これ」と残せているようなことは成し遂げてない気がします。


 そして町の様子も普段の生活をしていると変化というものには気づきにくく、そして忘れやすいもの。ほんのご近所の建物が建て替えられたり住み替えられたら、その前ってどんな感じだったかもうすっかり忘れてしまいます。本当に人間の記憶ってか弱いなと思います。


 街の様子もあの横たわっていた高速道路とか、あれほど連続ではないですが、うちの近くでも新幹線の高架が落ちていたり、色んな建物がつぶれていたりと色んなことがありましたが、今となってはそんなことがあったことすら分からないほど。復興復旧するのはいいことですが、時々なんだか妙な気持ちになることもあります。実際にあの姿を目にした自分でもこんな風に記憶が風化するんだなと。


 そんな神戸の姿を記録、保存し、知ってもらうために尽力なさっていた「神戸アーカイブ写真館」という施設が昨年末に閉館されたそうです。私は恥ずかしながら今朝のテレビでその存在を初めて知りましたが、そんなことをしてくださっていた方々がいらっしゃったんですね。最後まで守っていらっしゃった方も80歳になり、震災30年ということで決断されたようです。

 所蔵、管理されてくださっていた記録は2026年に開館予定の神戸市歴史公文書館で引き継いでくださるとのことです。


 忘れるということは時に救いになり、それがあるから人は生きていけるんだとは分かっていますが、やはりこういう残す理由と価値と必要があるものは、誰かの努力がないと残っていかないんだとあらためて思いました。


 私は何度か書いていると思いますが、当時は余命いくばくもない伯母のつきそいで病院にいて、たった数時間ですが家族と連絡が取れずとても怖い時間を過ごしました。幸いにして親族にも友人知人にもみなそれぞれ多少のことはあったものの、命を落とすような人がなかったことから、すぐに伯母の方に意識が移り、そこからは経験者というよりは遠くから見ている人みたいになってしまったと思います。


 人間というのは本当に勝手なものです。今でも実家はその時の傷があっちこっちに残っていて、二階の廊下なんか斜めに(かし)いだままですが、それでももう遠くのこと。せめて今日だけはあの日のことを思い出し、あらためて気持ちを引き締めようと思っています。


 合掌

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