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聖女ユーリカの強欲  作者: 潮騒八兵衛
第一章『強欲の復活』
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1.5 やだね

「君たちがあまりにも可哀想だから、この技は使いたくなかったんだ」


 掠れた金属音のような声で竜門は呟く。

 ユーリカとルカの攻撃はともかく、アルビオの一撃は雷そのものだ。それを受けて平気な者はそうはいないだろう。だというのに立ち上がった竜門に、ユーリカとルカは怪物を見るような視線を向ける。

 化け物じみてる、なんて耐久力だと言わんばかりの表情に、竜門は喉を鳴らした。自分に恐怖を抱かせているという状況が、彼女の気をよくしたのだ。


「安心してくれ。私は博愛主義者だから、可哀想な君たちを無駄に傷つけたりしない」


 竜門は笑い声のような、不気味な嗚咽をこぼす。

それから、肩と腰と尾にそれぞれついた両の手で、己の身体を抱いて擦り合わせた。タワシで強く石畳を洗うような音が周囲に響き渡る。


「何か仕掛けてくるよ……!」

「見りゃ分かる」

 

 ユーリカの声かけに被せるようにアルビオはぼやく。そしてユーリカの代わりに青筋を浮かべるルカを一瞥すると、しゃがみ込んで何やら地面を物色し始めた。


「だったら、仕掛けてくる前に仕留めればいいじゃないか」

「どうやってですか?」


 疑問を吐くルカの目の前にアルビオの拳が突き出された。「ひっ!?」と悲鳴をあげるルカにアルビオは笑みを浮かべて立ち上がる。

 アルビオの握り拳が開かれると、そこにあったのは拳大より少し小さな石ころだ。どこにでもある、何の変哲もない石ころ。ぬかるみにあったそれは、少し底の方に泥がついている。


 アルビオは石に力を込めると、それは雷を纏ってバリバリとがなり始める。


「こうやるのさ!!」


 そう叫ぶとアルビオは、掌の石ころを大きく振りかぶって投擲した。ぶぅんと鈍い音を立てて、雷を浴びた石は一直線に竜門へと向かっていく。

 雷の豪速球は先程の雷鎚に負けず劣らずの威力で竜門の胸に直撃する、直前に竜門を起点にして白い雪のようなものが溢れ出した。


「何だありゃぁ?」

「雪……?」


 白い雪のようなものはアルビオの投げた石を跳ね除け、そのまま天高くまで飛散する。そしてその後、重力に従ってユーリカたちへと降り注いだ。

 まるで高波のように押し寄せる白雪は、太陽の光を浴びることで淡く光る。雪のように見えるそれは、質量を持った泡の塊だ。

 急降下する泡の塊はユーリカたちを飲み込んだ。


「何これ……重いっ!?」


 着弾と同時に泡の塊は身体に纏わりつき、さながら底なし沼のように、重く重くのしかかった。

 あまりの重さにユーリカはふらつき、地面に膝をついた。ズシリと重い泡の塊は、無理にほどこうとすると骨が折れてしまうのではないかという程、その身をきつく締め上げる。



「これはいわば牢獄だ。泡により他者を無効化する、平和な牢獄。可哀想な君たちに無駄な血は流させない、私の慈悲でもあるんだ」



 恍惚の表情を浮かべて自身の技について説明する竜門に、ユーリカは嫌悪の表情を見せる。

 さっきからこの竜門は、何かにつけてユーリカたちを憐れみ、そして悦に浸るのだ。その憐れみにはユーリカたちの心情など加味されていない。ただ独りよがりで、もはや自己満足のための妄言に近い。

 その態度にユーリカは嫌悪感を抱かざるを得なかった。


「それなのに、君という奴は、ああ嫌だな……。私の慈悲を無碍にするなんて。可哀想に」


 竜門が忌々しそうに一点を睨みつける。そこには泡の猛襲を掻い潜ったルカの姿があった。

 周囲に火の蝶を漂わせて、ルカは不敵に笑った。


「あんなもの私の魔術によれば、撃ち落とすなど容易なことですよ。それと、喋らないでください。気持ち悪いので」


 そう言うとルカははめていた白手袋をぎゅっと手に押し込めた。

 ルカが泡の攻撃を回避できたのは、全力の炎の魔術を放って相殺したからだ。囚われているユーリカやアルビオをその方法で解放することはできない。

 だからルカはユーリカに向かってこう呼びかける。


「ユーリカ、待っていて下さい!今こいつを倒して助けますから!」


 正直なところルカの身体は既に限界が目前であった。背中がジクジクと痛む。ユーリカを最初の奇襲から守る際に、水の触手によって抉られて出来た傷だ。

ユーリカに気負いさせないようにと隠してきたが、この傷は戦いの中でルカを着実に蝕んでいった。

 しかし自身の唯一の親友に心配させまいと、ルカはできる限りの笑顔をユーリカに向けた。

 その裏に刺し違えてでも倒すという強い覚悟を決めながら。



「ルカ!……気をつけてね!」


 ユーリカの声援を背に受けて、ルカは強い覚悟を宿した目で竜門を見据える。

 そこには女の上半身にナマズのような下半身を持つ怪物がいた。人間部の肩だけでなく腰と尻尾の手前からも腕を生やしたそれは、あまりにも不気味で思わずルカは逃げ出したくなった。その目にルカへの憎悪を宿しているのだから尚更だ。

 だがルカは逃げ出すわけにはいかない。自分の主人であり、守るべき対象であり、何より親友であるユーリカを守るために。


「覚悟しなさい!」


 竜門に向けてか、あるいは自分を鼓舞するためか。

 ルカは鋭い声をあげると、眼前の竜門目掛けて走り出した。



火蝶(かちょう)(ひいらぎ)



 ルカの詠唱と共に彼女の周りを飛んでいた火の蝶が扇状に散開する。火の蝶には大した殺傷能力はない。だからこれは囮だ。


「そんな攻撃……効くものか!」


 周囲を飛び回り突撃してくる火の蝶に、竜門は煩わしげな呻きをあげる。ルカの思惑通りに。

 火の蝶と共に竜門の懐に入り込んだルカは、手で銃のような形を作り、それを竜門の腹に目掛けて発砲した。


狐火(きつねび)二ツ尾(ふたつお)


 それと同時に彼女の指先から小型の狐が飛び出す。

 オレンジ色の炎で身体を構成された狐は、二つに分かれた尻尾をもっふりと揺らして、竜門へと飛びかかった。

 狐火は撹乱用の火蝶と異なり攻撃用の魔術だ。だが、隙が比較的少ない狐火はその分威力も高いわけではない。熊の一匹程度は殺せども、竜門の常識はずれの生命力には通ずるまい。

だから、これも囮だ。


 本命は次。

 狐火が竜門に命中したのを確認すると同時に、ルカは身体中の魔力を左右の手にかき集める。

 心臓の鼓動と共に、魔力はポンプに押し出されたように両手に流れていき、掌が熱を持つのをルカは感じた。

 この大技は一度放ったら再度放つのに時間がかかる。そして自分の体力的にここを逃せば、次に撃つ機会はやってこないだろう。それが分かっているからこそルカは、全神経を集中させて魔力を練る。

 外したら死ぬ。

 外したら死ぬ。

 外したら死ぬ。

 自分だけではない。誰よりも大切で、自分の守るべき対象である親友のユーリカも殺されてしまう。



 すぅ……。


 激しく高鳴る鼓動に、深く息を吸う音が重なる。

 準備は出来た。あとは攻撃を当てるだけだ。


 竜門は火蝶によって撹乱され、狐火を受けたことで隙を晒している。仕留めるにはまたとない機会、度重なる囮によりルカが生み出した機会だ。逃すわけにはいかない。




「これで終わりです!」

「ルカ!危ないっ!!!」


 ルカが終わりを高らかに告げると同時に、ユーリカの悲鳴がこだまする。思わず何事かと振り返るとルカの瞳には、迫り来る一本の水の触手だけが映った。

途端、衝撃がルカを襲った。


「っ……!?」


 水の触手に絡め取られたルカは、声にならない苦痛を叫ぶ。

 竜門の本体ばかりに注目していたルカは、背後の川から伸びる水の触手に気が付けなかったのだ。何という失態だと、ルカは己の詰めの甘さを悔いる。



「君は恵まれているんだろうね。魔力量が常人の何倍も多い。ただ悲しいかな、その魔力量の多さゆえに私は撹乱の中でも君を捕らえることができた」


 得意げに喉を鳴らす竜門は、その濁った双眸(そうぼう)でルカを見下ろす。蛇のような下半身に激しく浮き沈みする血管から、歓喜と興奮が伝わってきた。

 その姿はあまりにも邪悪で、ルカは近づいてくる己の死を感じざるをえなかった。


「さて、君は今から死ぬわけだが、安心してほしい。痛みもないまま一瞬で終わらせてあげよう」


 何を安心すればいいのか。

 目の前で薄ら笑いを浮かべる竜門を、ルカは目一杯に睨みつけた。

 水の触手は岩のように硬く、一寸の隙間もなくルカの身体を縛り付けている。既に疲弊したルカでは抜け出すことなど到底できないだろう。

 こんなところで自分は死ぬのか、とルカは悔しい気持ちでいっぱいになった。



「ルカを離して!!お願い!」


 ユーリカの悲鳴じみた叫びが川辺に響く。その内容は嘆願。その声を聞いた竜門は、ただ嬉しそうに身震いをするだけだった。


「ありゃ死んだな」


 隣で叫ぶユーリカに、アルビオは煩わしげな顔をしながら告げる。

 ルカティアの扱う魔術は炎。触れたものを片っ端から焼き尽くす炎は、攻撃にこそ向いているがそれ以外には向いていない。もしも拘束から抜け出そうとしたものなら、拘束からの解放と引き換えにひどい火傷を負うことになるだろう。

 つまりこの時点でルカは詰んでいた。


 アルビオの言葉を受けてユーリカは、「そんな……」と呟いて身を(よじ)った。しかし泡の牢獄は残酷なほど堅牢で、崩れる様子を見せない。


「暴れるなよ見苦しい。お前程度の力じゃ抜け出せねぇよ」


「ねえアルビオ、どうにか助けられないの!?」


 ユーリカの問いに、アルビオは考え込むような素振りを見せる。それから首をバキバキと3回ほど鳴らした。

 その時間がユーリカにはとても長く感じられた。




「……俺ならこの拘束も抜け出せるし、あのオレンジ髪を助けることもできるだろうな」


 どこか他人事のように答えるアルビオに、ユーリカは緊張した顔を少し綻ばせる。

 アルビオの声を聞いたらしい竜門も、肩を浮かせてアルビオたちの方を見た。その目には多少の動揺と侮蔑が含まれていた。


「可哀想に。窮地に陥って正常な判断ができなくなってしまったんだね。私の慈悲の牢獄は何者だろうと逃さないというのに」


 ぺらぺらと捲し立てる竜門を無視して、ユーリカはアルビオの顔を見上げる。つぶらな瞳に希望の色が見え隠れさせながら。



「お願いアルビオ、ルカを助けて!」




 ユーリカの願いを聞き、アルビオはしばし考え込むようや素振りを見せる。

 そして満面の笑顔を浮かべるとこう答えた。




「やだね」

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